上を見た記憶がない
三島さんは右手に小さなデジタルカメラを握りながら歩いた。
「すぐに息が切れるんで、立ち止まるんですよ。他の人から見れば変じゃないですか。『なんで急に止まって動かないんだろう』と思われる気がした。そのとき、カメラを持っていると、『なんだ、写真を撮っているのか』と勝手に解釈してくれるので都合がよかった」
ゆっくり、ゆっくり、転ばないように歩いた。転ぶとひどく痛い目にあった。
「とにかく転ばないように、下ばかりを見て歩いた。もう上を見た記憶がないくらい。しょっちゅう立ち止まって、じーっと下を見ていると、虫が浮かび上がってくるような気がした。というか、実際に1センチくらいの虫が結構見えてくるんです」
それにカメラを向けて、パチパチと撮り始めた。
「撮っているうちに、ぼくにはぼくにしか見えない宇宙があるように、虫には虫の宇宙があって、それが広がっているんだろうな、と感じた。そんな写真を撮り続けた」
写真を撮ることと、息をしていることが、イコールのような気がした。
「ぼくの思い込みかもしれませんが、撮影を続けていると、生きていることを感じるというか、そのあかしを得られるように思えた」
三島さんが出した答え
体の調子が少し回復すると、目線を上げて歩けるようになった。すると、自宅近くの河川敷で鳥を観察するようになった。
「鳥が集まる木がある、ということがわかってきて、その木を中心に鳥を撮ってみようと思った」
しかし、鳥を1羽1羽撮影しても『鳥が集まる木』の存在は表現できない。三島さんはその木にやってくる鳥を全部撮影することにした。
「カメラを三脚に固定して、木を画面に入れて、例えば、3000枚くらいシャッターを切る。それを合成して1枚の写真に仕上げた」
すると、鳥が飛ぶ軌跡が連続写真となって表れた。
「鳥の1点1点を一つの事象と考えれば、『事象の連続』みたいな感じが表現できた。事象そのものはただ淡々と起こることなんでしょうけれど、それが連続して交差したり、関係性を持ったときにいろんな感情が生まれるのかな、という気がした。なので、この写真は『この世界のありようをひもときたい』という、ぼくの思いに対する一つの答えなんです」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】三島正写真展「Flat」
OM SYSTEM GALLERY(東京・新宿) 8月17日~8月28日