母子で保健室登校を始めたある日、突然ユウ君が「痛い、痛い」と涙目で訴え出した。母は音や刺激は何も感じなかった。ユウ君が「誰かが外でボールをやっている」と言うので、母が保健室のドアを開けて校庭を見た。すると、上級生たちが体育の授業を始めるところで、ボールをバウンドさせたり、投げ合ったりしていた。保健室の中からは、その様子を見ることはできない。なのにユウ君は「針が刺さるような痛み」を感じると言った。母は愕然とした。
「私が全く気づかないところで、これまで息子は痛みを我慢していたのだと知ったのはこの時です。これでは、学校のどこにも居場所はないだろうと実感した瞬間でした」
■顕微鏡のような目
耳だけではない。目の独特な見え方も、母はユウ君が学校に行かなくなってから初めて聞かされた。
「文字が見えていないんだけど……」
自宅で学習していると、ユウ君がポツリと言った。ユウ君は刺激を遮るため、部屋にテントを張ってその中で勉強をしている。教えるのは母。くわしく聞くと、教科書の一つ一つの文字が、顕微鏡で見るように拡大表示されて見えると言った。
教科書を開いて何が見えるかを母が聞くと、「まるい点々がたくさん」と言った。印刷された文字はインクの無数の点々が集合して見える仕組みであり、その点々が見えているのだという。
「どうやって文字を読んでいるの」。母が聞くと、ユウ君は「見えた部分を、ジグソーパズルのように高速で組み立てている」と答えた。そんなことをどうしてできるのかわからなかったが、母はとにかく信じるしかなかった。「三角形は?」と聞くと、「角が3個あるから三角形」と言った。形全体を認識しているのではなく、角の数が三つあることを数えて判断しているということだった。
テストの問題を読み間違えていたのはこのせいだったのかと母は納得した。たしかにユウ君は、点と点に定規をあてて直線を引くことができなかったり、間近にいる鳥の姿を見つけることができなかったりしたことがあった。それもこの独特な視覚のためだったのか、と理解した。
そして思った。もしかしてずっとつらかったの? 母がそう聞くと、ユウ君はうなずいた。「もうがんばりたくない」と言い、さめざめと泣いたという。
(年齢は2023年3月時点のものです)
※【後編】<「同じ世界に生きているけど全然違う世界を見ている」 IQ130「ギフテッド」の息子に母が言った「がんばらなくていいんだよ」の言葉>に続く