その方法は、まず山中さんの店で酒と料理を学ばせ、次に山中さんが作った居酒屋「まゆのあな」を若手だけで運営させて現場や経営を身につけ独立の力をつけさせた。店名「繭の穴」はここから羽ばたけの意味だ。やがて店長経験者から「かむなび」「燗の美穂」「うつつよ」が誕生。注目すべきはどこも自分の個性を強烈に出していることで、山中さんの「ウチと同じ店を作ってもはじまらない」という教えの実践だ。これも、ちょっと当たるとすぐ2号店3号店を作って経営者気取りの東京居酒屋とはちがう、大阪の商売人魂と思いたい。山中さん自身も「さかふね」「へっつい」「だいどこやまなか」「たちのみやまなか」「十割そばやまなか」と様々な個性ある店をつくった。食いだおれの大阪人はもともと舌は肥えており、そこにしっかりした酒と料理が登場するとたちまち客は集まり、大阪の居酒屋地図はがらりと変わったのである。

 一方実力派居酒屋同士で仲のよかった「かむなび」「よしむら」「蔵朱(くらつしゆ)」の3人が「日本酒卍(まんじ)固め」というグループを作って始めた、居酒屋と酒蔵を結んで大阪天満宮で開くイベント「上方日本酒ワールド」は年々盛況の名物となり、訪ねた東京居酒屋の若手は刺激を受け、東京版「大江戸日本酒まつり」を神田明神で開くようになりこれも盛況だ。

 さらに「かむなび」や「燗の美穂」で修業して自分の店を持った「べにくらげ」、山中酒の店で修業した「はちどり」。日本酒愛が高じ、神戸からお母さんを呼んで店を開き、日本酒イベントも続けるミス大阪居酒屋美人の「日本酒うさぎ」。モダンな居心地で新しいセンスの肴がいい「寧」。若者に人気の地・ウラなんばにあって、繊細最高のおでん、どて焼きで浪速っ子を泣かせる「酒肴 哲」など、かつて大阪に居酒屋はないとうそぶいていたのは大間違い、今やどこに行くか大いに迷う「居酒屋の町」になった。

 同じ居酒屋同士、「商売敵(がたき)」ではなく「共存共栄」で業界を盛り上げようという若手らしいしなやかさが大阪から東京へとひろがり、居酒屋は新しい時代に入ったと言えよう。

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