太田和彦『居酒屋と県民性』(朝日文庫)※本の詳細をAmazonで見る
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「気の利いた肴でじっくりと良酒を愛でる」が居酒屋と思っていた私に(それは今から考えれば東京の価値観だったのだが)、大阪の居酒屋は料理や酒よりもボケツッコミなどの遊び場に見えたのである。「名にし負う大阪の味は、たとえ居酒屋であっても、いやそこでこそ底力をみせるだろう」の期待は全く不首尾に終わり、「居酒屋の風格」などと気負った気持ちは哄笑(こうしよう)とともに消され(風格? それで腹ふくれまっか?)、敗北感とともに帰京したのだった。

 その後も印象は変わらず、大阪居酒屋にロクなものはないと思っていた気持ちに、これが大阪の居酒屋かと目を開かせたのが、中心部を離れた阿倍野の「明治屋」だった。

 まずその建物(東京人は「味」の前に「箱」が大切)。創業昭和13年からの木造2階家は古い大阪商家の風格をたたえ、ひんやりした三和土(たたき)とカウンター、カウンターの高さに合わせた幅細の机。どっしり座る四斗樽(しとだる)、提灯(ちようちん)の上がる神棚などの時間が止まったような静謐(せいひつ)感。午後1時の開店に、ぽつりぽつりとやって来る客は静かな1人酒だ。きずし、ねぎタコ、出汁巻、水なす、皮くじらなど艶のある肴。何よりも古風な銅の循環式燗付(かんつ)け器による燗酒の甘みのある旨さ。大阪の中心部にこういう店はなかった。厳密には、もっと昔にふらりと入った心斎橋の「中野」にそれを感じ、食通で知られた山本嘉次郎の古い本で「昔のなにわの風格を残す貴重な店」と知ったが、隣家の火事で閉店してしまった。

 ともかく、これが本来と思いたい大阪の居酒屋はみつかり、それは大変レベルの高いもの(小生言う「日本三大居酒屋」の一軒)だったが、他には見つからなかった。

 その大阪居酒屋に、ここ10数年で劇的な変化がおきた。それは灘の酒一辺倒だった関西に、「山中酒の店」で全国の地酒を紹介普及させ、さらに自ら模範的居酒屋「佳酒真楽(かしゆしんらく)やまなか」を開いた山中基康さんのもとで修業した若手が、次々に独立して自分の店を開いたことによる。

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