「沼にはまる」という言葉がある。何らかの対象に夢中なることを意味するが、時には、沼にはまりすぎて、仕事や家庭がないがしろにされ、崩壊寸前までいく人もいる。ライターの沢木文さんはそんな人々を取材して11月8日発売予定の『沼にはまる人々』(ポプラ社)にまとめた。同書では美容整形、筋トレ、ホストなど、さまざまな沼にはまった人々の実態が描かれているが、紹介しきれなった人も多い。AERA dot.では、そんな多種多様な「沼の人々」の事例を沢木さんの短期連載として配信する。初回は「中学受験」の沼にはまった男性のお話。
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会社員の中野信雄さん(48歳=仮名)は、5年前に一人息子(16歳)の中学受験にはまった。
北関東出身の信雄さんは幼いころから勉強ができ、さほど努力もせずに県内トップの進学高校に合格した。
「地元では出身大学よりも“出身高校”で評価されます。私の母校は、地元では東大以上の価値がありました。英国数の3教科しか受験がない私立高校は、県立高校に落ちた人が行く学校で、地元の優良企業には絶対に採用されない。私も父から“私立はバカが行くところだ”と何度も言われました」
多感な時期に公立校至上主義を叩きこまれた信雄さん。当然のように国公立大学を目指していたが、大学受験では全て不合格。結局、名門私立大学に現役で進学した。
東京の名門私立大学に進学してわかったことは「圧倒的に存在価値がないこと」(信雄さん)だった。
「地元ではトップの県立高を出ている私も、東京に出てきたら単なる田舎者の一人でした。その悔しさを就活にぶつけたら、財閥系の不動産会社に内定が決まりました。30歳のときに会社の先輩である東京出身の妻と結婚して、すぐに息子も生まれ、マンションも買いました。その頃は幸せでしたね」
信雄さんの妻は23区内で生まれ育ち、大学付属の小学校から高校までエスカレーターで進んだ。大学は別の名門私立大学を卒業。社会的に成功した人は「自分が受けた教育が最良だ」と決めつける傾向があるが、信雄さん夫妻もその通りになった。