約1カ月後、仕事の山を越えたところで5日間の休みを取ってやっと人心地ついた。

「長時間労働を続けていると、正しい判断ができなくなる。電通の高橋さんは、1年で会社を辞めたら『社会人失格』だと思われて今後いい仕事には就けない、と逃げ場がなかったんじゃないでしょうか」

●張りつめたものが決壊

 先の建設業界の男性の場合は取引先の無茶なオーダー。このマスコミの女性のケースでは職場の理不尽な慣習。過重労働でギリギリまで注がれたコップの水のように張りつめた人々の心身は、何かをきっかけに決壊し、あふれ出す。地方放送局勤務の男性(47)は、過去の自分を思い出すたびに、そう思う。

 当時29歳。記者として活躍していた。夜討ち朝駆けは当たり前。複数の事件を掛け持ち、月の残業が250時間という毎日が1年続いていた。

「ポケベルも携帯電話もポリ袋に入れて風呂に持ち込んでいました。新聞や雑誌を出し抜けると、うれしかった」

 明るくおしゃべりな性格で恋人もいた。家族との仲もよかった。だが、彼女と別れ、事業に失敗した父に数百万円を用立てたことをきっかけに家族と気まずくなると、話し相手がいなくなり、孤独に陥った。そして、ネタが取れず苦労するのは日常茶飯事だったのに、

「死んでしまえば、このプレッシャーから逃げられる」

「死ねば言い訳しなくて済む」

 という考えにはまり込んでしまった。土曜日に部屋を片付け、日曜日には実家で両親と夕食を取って、月曜日、出勤はせずにロープと精神安定剤を買って、玄関のドアノブで首をつった。連絡が取れないと案じた会社が実家に連絡。夜、父親に発見された。奇跡的に助かり後遺症も残らなかった。男性は訴える。

「高橋まつりさんのことはずっと引っかかっていた。過労によるうつや自殺を心が弱いせいだと思ってほしくない。無理に無理を重ねていると、小さな躓きで大きくバランスが崩れる。誰にでも起こることなんです」

 自治医科大学名誉教授の加藤敏医師も、こう指摘する。

「過重労働による不調やうつは個人の性格よりも職場の環境要因が大きい。私はこれを『職場結合性うつ』と呼んでいます。現代社会の仕事の過密さや拘束力は、30年前と比べものになりませんから」

 メールや携帯電話ですぐに連絡が取れる。会社の利益が優先される。効率化と経費削減で人員はギリギリ。失敗に対しても不寛容。日本の社会と職場は、労働者の心身の不調を誘う特性を備えてしまったのだ、と。

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