しかし目標にしていた金メダルを取っても満足はしない。帰国後は自己分析と反省のみだった。

「今回は良かったという感想は一度も聞いたことがありません。とにかく向上心がすごい。生徒さんたちは『もう、トシだから』と誰も言えなくなりました(笑)」

 2年ごとの世界大会に5回連続出場し、金メダルを8個獲得。次の目標はタイムでの「世界記録」だった。

 マスターズは5歳きざみの年齢枠で競われ、100~104歳の区分になると世界でもライバルはほぼいない。ましてや101歳にして1500メートルに挑戦し、1時間15分54秒39の記録で完泳。こうした誰も挑んだことのない「世界初記録」を含み、全18個の「世界記録」を保持している。

 世界一になれたのは、それまでの人生で培った土台があったためだ。

 長岡さんは53歳で夫と死別。縄やむしろなどを扱う卸問屋「長岡本店」を継ぎ、切り盛りしてきた。プラスチック製品の時代に移ると、製鉄会社が良質の鉄を精製するため、溶鉱炉を急激に冷やさない保温材として「もみ殻」を使っていることを知る。全国の農家とのネットワークを生かし「もみ殻」を集めて販売。94歳まで商売をつづけた。東大卒の宏行さんも、「頭の切れる、やり手のばあさんですよ」と、兜(かぶと)を脱ぐ。

 長岡さんが宏行さんに同居を求めたのは101歳になってから。それまで家事いっさいを一人で担った。建坪180坪もの古い屋敷は土間などの段差だらけ。この“逆バリアフリー”も足腰の鍛錬につながった。

 また55歳のときから87歳までつづけた観世流の「能楽」の効果も大きい。腰を落としたすり足で下半身を鍛え、背筋を伸ばすことで腹筋背筋もついた。

「謡で肺活量が増え、長時間の舞に集中することで精神力も鍛えられたんです」

 料理上手で、食べることも大好き。97歳のときの筑波大学による栄養調査では、70歳の人が目標とする1日1700キロカロリーを取っていたことがわかった。

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