高校教員のころ、ショートパンツのポケットに札を入れて大正区のテニスコートに行き、車に乗って帰ろうとしたら札がない。青くなって大正署へ走り、五万円か六万円を落としたといったら、どんな財布かと訊かれた。いや、裸の札ですねん……。
いったとたん、警官は笑って(ように見えた)、遺失物届の用紙を出した。当然だが、金はもどってこなかった。
よめはんはなぜかしらん、いつも下を向いて歩いている。二十年ほど前、ミナミでうどんを食った帰り、よめはんがなにかを拾ったから、十円か、百円か、と訊くと、手を広げて見せたのは小さなガラス玉だった。
「そんなもん、よう見つけたな」
「だって、キラキラしてたもん」
「おれにくれ」
「いやや」
わたしがなぜ欲しがったか……。そのガラス玉には銀色の枠がついていた。ペンダントトップだろう。
後日、よめはんはガラス玉を宝石屋に持っていった。一カラットのダイヤモンドだった。
よめはんはものを拾うが、落とすことはない。
※週刊朝日 2019年6月7日号