鈴木おさむ/放送作家。1972年生まれ。高校時代に放送作家を志し、19歳で放送作家デビュー。多数の人気バラエティーの構成を手掛けるほか、映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍
琴光喜(c)朝日新聞社
放送作家・鈴木おさむ氏の『週刊朝日』連載、『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。賭博問題で各界を去った琴光喜の大晦日の取り組みについて、筆をとる。
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昨年の大晦日、12月31日、AbemaTVで「朝青龍を押し出したら1000万円」という番組が放送された。最後の相手は元大関・琴光喜。元横綱vs.元大関。ともに、事件が起きて辞めた二人。
あの番組の制作に関わっていたわけではないが、琴光喜が最後に出ようかどうか悩んだ時に、僕が「僕も会場で近くにいるから出てくださいよ」と気軽に言ったのが最後の背中を押したんだと本人に言われ、僕も当日、間近で見させてもらえることになった。
しかも琴光喜の奥さんの横で。
琴光喜は賭博問題で相撲界を去った。当時かなりのニュースになった。
実は僕はこの時、琴光喜と知り合いではない。その後、名古屋で焼き肉屋を始めてから、急激に仲良くなっていった。普段は寡黙なのにお酒を飲むと急激に明るくおもしろいおじさんになる。知れば知るほど好きになっていく。自己責任ではあるが、相撲を途中で辞めるしかなかった悲しさがずっと背中に残っている。
僕はそんな琴光喜のことを自分のできる限り応援したいと思った。2015年、琴光喜はようやく断髪式をした。もちろんオフィシャルな断髪式ではないが、ホテルで行われたその断髪式にはたくさんの人が訪れ、そして、僕はそこで流すVTRを作った。VTRの中身は、琴光喜にお酒を飲ませ、陽気にさせながら、インタビューをするというもの。その中でずっと陽気だった琴光喜が、父親の話になるとトーンが変わった。相撲に対してずっと厳しかった父が、辞めてからは急に優しくなったのだという。それが申し訳なかったと。
そして2017年12月31日。琴光喜は再び土俵に立った。僕の横では奥さんが見ている。
取組が始まると、奥さんはじっと見つめていたが、1回だけ「がんばれー」と叫んだ。
結果、朝青龍に負けた琴光喜だったが、「これで本当の引退だ」と言った。
琴光喜が登場した時、羽織っていたのは、引退後、一番つらい時に励ましてくれた、横綱・白鵬の浴衣。そして登場曲は知人でもある、ET-KINGの「ギフト」。ET-KINGのいときんさんはがんと闘っている。白鵬の浴衣とET-KINGの曲。いろんな思いを背負って土俵に上がり、朝青龍に思い切り負けた。
負けて本気で前に進むことができた。
朝青龍と琴光喜。過去のマイナスの事件があって二人はここでぶつかり、たくさんの人の心を熱くさせた。
2018年の初場所。昨年末のいろんな事件を受けて、どんな場所になってくるのか?
力士の熱い取組に期待だ。
※週刊朝日 2018年1月26日号