帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
江戸時代の「灸」に見る養生の知恵(※写真はイメージ)
西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。
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【貝原益軒 養生訓】(巻第八の33)
火気をかりて、陽をたすけ、元気を補へば、陽気発生してつよくなり、脾胃(ひい)調(ととの)ひ、食すすみ、気血めぐり、飲食滞塞(たいそく)せずして、陰邪の気さる。
鍼について語ったときに触れましたが(10月6日号)、養生訓では灸について、22項目にわたって詳しく説明しています。灸がなぜ効果があるかに始まって、もぐさはどういうものがいいか、その使い方はどうするか、火はどのようにつけるのがいいか、姿勢はどうするかなど、とても具体的に方法を教えています。
江戸時代は灸が流行(はや)っていたということもあるのでしょう。本家の中国ではむしろ衰退傾向にあったのに、日本では鍼灸ともに発展して、その技術を逆輸出するほどだったといいます。
益軒は「人の身に灸をするは、いかなる故ぞや」という書き出しで、灸の効用について以下のように説いています。
「人の身に灸をするのは何のためだろうか。それは、人が生きているのは、天地の元気のおかげであることによる。元気とは陽気であり、陽気はあたたかにして、五行(木火土金水)のうち火に属している。(中略)
元気が不足したり、停滞したりして十分にめぐらなければ、気が減って病気が生じ、血もまた減る。だから、火気をかりて、陽をたすけ、元気を補えば、陽気発生してつよくなり、消化機能が高まって、食欲旺盛となり、気血はいよいよめぐり、飲食滞ることなく、陰邪の気は消え去る。これが灸の力で、陽をたすけ、気血を盛んにして、病を癒やす原理である」(巻第八の33)
鍼のときに述べましたが、中国医学には基本的な治療法の概念として、「瀉(しゃ)」と「補(ほ)」があり、瀉とは体内に生じた邪気を体の外に捨てることで、補は体内で失われた生気を補うことです。益軒が語るように、灸は元気を補うのですから、一般的には補の治療といえます。
灸によって皮膚への侵襲が大きく、水疱(すいほう)やびらん、潰瘍(かいよう)が起きるような場合は瀉となります。これは、身体にわざと炎症を起こすことにより、自然治癒力を高め、その力で邪気を体の外に出すというものです。こうした、もぐさをすべて灰になるまで燃やして、皮膚に跡が残るような灸(透熱[とうねつ]灸)がスタンダードに行われますが、これは日本独特のもので中国にはありません。
ちなみに高級なもぐさを使うと、繊細に熱を伝えて、刺激がマイルドになるため、火傷(やけど)も起こさず補の働きをすることになります。
私の病院(帯津三敬病院)で人気があるのが「ビワ葉温灸」です。台湾の呉長新先生が行っていた、がん患者の足裏を刺激する治療法を取り入れて、私が考案しました。
治療する臓器によって足裏のツボ(癌根[がんこん]点)を選んで、そのツボにビワの葉をあて、和紙をその上にのせて、温熱灸棒で刺激します。マイルドな補の灸です。ビワの葉に含まれる成分が皮膚から吸収されるという効果もあります。ツボさえわかれば、患者さん同士や家族にやってもらうこともできます。
※週刊朝日 2017年11月3日号