燃え殻 テレビ番組の美術制作会社社員。独特のツイートが人気を集め、小説デビュー。筆名は堀込泰行(元キリンジ)が「馬の骨」名義で発表した曲名に由来する(撮影/植田真紗美)
燃え殻 テレビ番組の美術制作会社社員。独特のツイートが人気を集め、小説デビュー。筆名は堀込泰行(元キリンジ)が「馬の骨」名義で発表した曲名に由来する(撮影/植田真紗美)

 胡散くさくて尊い日々が時を経て今、小説になった。『ボクたちはみんな大人になれなかった』の著者燃え殻がAERAインタビューに答えた。

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 捨てられない人だと思った。テレビの美術制作の会社に20年以上勤め続け、初めて書いた小説の舞台は今や遠くなった1990年代。中心に描かれるのは自分の前から消えた女性のことだ。どうにも不景気である。しかし、その低空飛行な小説が、著者の同世代男性を中心に広く読まれている。

「小説を書きたいなんて思ったことは一度もなかったんです。ところが作家の樋口毅宏さんとお会いする機会があり、“小説書けよ”って」

 最初に注目されたのはTwitterによってだった。誰だかよくわからないが、自身を俎上に載せつつ、日常を独特の視点とリリカルな文章で綴る人として評判になり、フォロワーは10万人を超えている。作家のプッシュと、Web媒体「cakes」の編集者の導きにより、書きたいと思ったこともないし書きたいこともないという、真剣に小説家を志している人が聞いたらキレそうな状態で執筆が始まり、本にまでなった。書きながら過去を思い出し、自分にとって何が大切だったかを発見する作業だったという。

「小説に出てくる彼女のことは本当に好きだったし、テレビ業界は90年代もまだバブルを引きずっていて、ニセモノがあふれ、しかしそれが尊く思えたりもしていたんです。小説に別れが出てきますが、書きながら、“ああ、ちゃんとさよならを言いたかったんだな、オレ”って気づきました」

 捨てられない人としての象徴的な存在がある。毎日書いていて、今や20冊以上にもなったノートである。

「その時々の悩みが書いてあったりします。“明日、どうしてもあいつに会いたくない。インフルエンザにならないかな”とか(笑)。今読み返すと死ぬほどくだらないことで悩んでます。悩みはなくなることはないけど、変わっていくんだと。その記録みたいなところはありますね」

 自身を表す言葉として印象に残ったのは「受注体質」だ。できそうなことはあまりないが、これをやれ、と言われたらギリギリまで努力する。美術制作も、小説も。

 2作目は?と聞くと、深いため息を吐いた。

「書けること、全部書いちゃったんです。今、途方に暮れています、ほんとに……」

 途方に暮れるなんて、燃え殻さんの十八番じゃないか。人生初の単行本が出て、途方に暮れたその時間を書いてくれないか? 一読者としてそう願っている。(ライター/北條一浩)

AERA 2017年9月11日号