一審・二審はJR東海の主張を認め、遺族に賠償を命じた。しかし、16年の最高裁判決は請求を棄却し、遺族側の逆転勝訴に。理由は、男性の妻も介護が必要な状態のうえ、子も遠方に住み、「監督義務を負わない」と判断したからだ。

 民法は、責任能力のない子供や認知症高齢者が第三者に損害を与えた場合、家族など監督義務者が賠償責任を負うと定めている。大府市のケースは、同居家族や親族に「監督義務がある」と判断されたら、高額な賠償金の支払いを命じられた可能性があった。

 と同時に、賠償を求めた被害者側が、大企業ではなく一個人だった場合にはどうなるのかという問題もクローズアップされた。加害者やその家族に責任能力を問えなければ、被害者は泣き寝入りせざるを得ない。

 神戸市のような自治体独自の認知症高齢者向けの事故救済対策は、複数の市が取り組み始めている。

 私鉄3路線が通り、八つの駅、32の踏切がある神奈川県大和市。17年11月から全国で初めて、認知症高齢者対象の個人賠償責任保険(傷害保険の特約)を提供し始めた。「はいかい高齢者等SOSネットワーク」に登録した高齢者約300人が加入する。

 このほか、鉄道事故の起きた大府市、栃木県小山市、神奈川県海老名市、福岡県久留米市が、損害賠償請求に備えた保険に加入している。ただ、神戸モデルと違うのは、どの市も保険料が自治体負担で、限られた財源で実施していること。認知症診断助成などもない。予算を数十万~数百万円程度と小規模に抑えている。

 神戸モデルを参考に、18年度から新しい事故救済制度の検討を始めたのが名古屋市。20年度の新制度創設をめざしている。

 むろん、自治体にこうした制度がなくても、損害保険会社の個人賠償責任保険(個賠)に加入し、各家庭で備えることはできる。保険料は1カ月100~200円と安いが、単品では販売されていない。自動車保険や火災保険などの特約で入るのが一般的だ。

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