「子供はいないし、どちらも両親が亡くなりました。お互いに帰る故郷がないから、離れていても二人で助け合って生きようと思うのでしょう」

 残念ながら取材を断られた夫婦もいたが、いずれも卒婚のデメリットが表面化している状況だ。一組は、卒婚をしてみたら居心地が良く、再会したら「老後の生き方の価値観が違う」と悟り、離婚を考えるようになった50代夫婦。「別れたい。けれど、年をとってひとりになった将来が不安」と揺れている。もう一組は60代夫婦。卒婚を宣言して別居してみたが、生活費など経済的な負担が身に染みた。

 中高年になるほど、これまで築いてきた過去を否定したり、捨てたりすることが難しいようにも思える。高齢の域に突入しながら、夫婦関係を見直したい場合、『卒婚のススメ』で杉山さんが提案するように、介護を視野に入れた老親との関係、経済的な自立、子供とのつきあい方など、じっくり考え、準備する必要があるようだ。

 一方、卒婚を選択せずに、たとえば定年して子育てを終え、二人で過ごす時間が増えたときに、ともに旅行やボランティアを楽しみ、ステレオタイプになりがちな夫婦関係を「リフォーム」する場合もある。また、新居を設けることで、夫婦の在り方を見直すことだってある。

 大人ライフプロデューサーのくどうみやこさん(49歳)は、結婚15年目の節目となる3年前、一つ年下の夫と神奈川県の湘南地方に家を購入した。

「亡き著名作家の敷地内の半分を、さらに3分割した土地が売り出されていて、一目で気に入りました」

 注文住宅の担当者との相談で子供部屋を提案され、「うちは夫婦二人きりだから」と口にしたことで、「子供がいない人生」を自覚。「男女の役割がある夫婦関係から解き放たれた感じがした」という。

 結婚を機に会社を辞めたくどうさんだが、パソコン教室に通い、サイトを立ち上げ発信。次第にトレンドウォッチャーとしての仕事が増えていく。子供がほしかったが、不妊治療をせずに自然の摂理に任せた。

 メーカー勤務の夫は、正月も盆も出勤する“仕事一筋”。子供のことが話題にならなくなって久しくなったころ、おのずと転居先を探し始めた。

「仕事が深夜に及ぶこともありますので、早朝から出勤する夫のために、夜のうちにお弁当を作り置きしておきます。夜遅く帰宅する日が続くと、すれ違いで何日か顔を合わせないこともあります」

 決して仲が悪いわけではない。時間差生活は、まるでおひとり様同士が合宿生活をしているような形になったくどうさん夫婦。

 コミュニケーションのツールのひとつが、手書きのメモ。「チンして温めて食べてね」。飼い犬のポメラニアンが気になると、「昨夜ぐったりしていたようだけど、今朝は元気ですか」と記してみる。すると夫から「元気になったよ!」と返事のメモ。

 引っ越したことで、休日があれば、午前中は犬を連れて近くの海を散歩し、海が一望できるカフェでモーニングを楽しむようになった。ゆったりとした時間の流れに浸り、“夫婦”としての信頼関係を確認しているのかもしれない。(作家・夏目かをる)

週刊朝日  2016年9月23日号より抜粋