昨年8月29日の西武戦で投球中に右大胸筋を部分断裂した。全治3週間。楽天のクライマックスシリーズ(CS)進出へのわずかな望みは、若きエースの離脱とともについえた。

 最下位にあえぐチームをKスタから2キロ離れた自宅のテレビで見守るだけの日々。「『おれは何をしてるんだろう』というもどかしさで、悔しい思いをしました」。このときのふがいなさが、「1年間投げ抜く」決意、そして「誰よりもいい投手になる」という強いモチベーションにつながった。

 今年の田中は違う、と関係者に強く印象づけたのが春季キャンプ。「開幕投手」と「沢村賞獲得」を同時に宣言した。

 根っからの野球少年らしい純粋な夢の発露は、同時に楽天のエース岩隈久志と球界最高の投手ダルビッシュへの挑戦状でもあった。ともに今オフのメジャー挑戦が見込まれる大投手。彼らが日本にいる間に、超えたかった。

 キャンプで追求したのは力のロスのない、効率的な投球フォーム。ポイントは左足の踏ん張りで、軸足でためた力を逃さないことと、右ひじを高く保って、球をできるだけ前で放すことだ。

「よい形で投げることで体への負担が減り、結果的にいい球が行くはずだと考えた」

 今年の春季キャンプではブルペンで「人生最多」という207球の投げ込みを敢行するなど、過去にない練習量をこなした。荒々しかったフォームは日ごとに磨かれ、しなやかさと美しさを帯びていった。

 ひじの位置が高く定まったことで制球力が増した。さらに、昨夏に習得した「SFF」(スプリット・フィンガード・ファストボール)の落ちも鋭くなった。元々の決め球だったスライダーも、統一球効果で曲がりが大きくなった。

 直球は最速155キロのままで、数字上大きな変化はない。ただ、球を打者寄りで放すことで昨季までにないノビが出た。どれも一流の勝負球。この「三種の神器」が、2球で追い込んで3球目で三振を奪う「3球勝負」を可能にした。

 打者の打ち気次第では危険と隣り合わせでもあるが、早いカウントからの勝負を続けるうちに、危険を察知する嗅覚も鋭敏になった。ロッテを7安打で完封した7月1日、点を取られない秘密を明かした。

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