「押すところは押し、引くところは引く。それができている」

 1個のアウトにかける球数が減ったことが、27試合で14完投の離れ業につながった。見逃せないのが四球の減少と奪三振率の向上だ。

◆勝利への気迫で味方打線が奮起◆

 27四球は8・4イニングに1個のペース。昨季は4・8イニングに1個だから格段によくなった。241奪三振は過去最高で、奪三振率にして9・58。昨季の6・90とは比較にならない。四球による無駄な走者を減らし、ピンチでは狙って三振を奪い、決定打を許さない。完投、完封が当たり前になった理由がそこにある。

 田中の勢いは、圧倒的な強さでパ・リーグを制したソフトバンクをものみ込んだ。4戦で3勝、防御率0・24。8月27日には歴代単独2位の18奪三振を記録した。

 ただ、単純に相手を抑えても、味方の援護なしには白星にはつながらない。まして楽天は12球団で一、二を争う貧打だ。だが、田中が投げるときは別のチームのように打った。今季限りで退団した山崎武司がよく言っていた。

「田中のマウンドでの、あの勝利への気迫。あいつのために打ってやるって気になるんだよ」

 9月以降は平均で6点近い援護をもらい、6勝を上乗せ。その間、平均2点弱の援護しかもらえず2勝止まりのダルビッシュを尻目に、最終コーナーで抜き去った。日ごろは子犬のような笑顔で同僚にちょっかいを出し、「AKB48」にも夢中になる若者が、マウンドでは鬼の形相に変わる。このギャップがファンだけでなく同僚のハートをもわしづかみにしたようだ。

 仙台を本拠とする楽天は今季、東日本大震災の復興の象徴、という弱小チームには重すぎる期待を背負った。選手会長の嶋基宏と主将の鉄平が押し潰されるように低迷し、大リーグ帰りの松井稼頭央と岩村明憲も振るわない。エース岩隈も故障で一時離脱した。

 それでも、田中はファンの期待を受け止めながら、終盤までCS進出への望みをつないだ。「気持ちの強さだけは誰にも負けたくない」。本当に強い男だと、改めて感心させられた。

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