AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA Books TRAVEL
検索結果3497件中 1481 1500 件を表示中

「日本の作品にはもう目もくれない」ドイツ版コミケで感じた"中国ゲーム"のすごい勢い
「日本の作品にはもう目もくれない」ドイツ版コミケで感じた"中国ゲーム"のすごい勢い ドイツ・デュッセルドルフで開催された「ドイツ・コミック・マーケット」の様子 写真=川瀬凛さん(仮名)提供  8月7日と8日、ドイツ・デュッセルドルフで「ドイツ・コミック・マーケット」が開催された。愛称は「ドコミ」という日本語で、当初は日本の作品を中心としたアニメやマンガの大型イベントだった。ところが今年の来場者のコスプレは中国のゲームのキャラが大人気に。一体なにが起きているのか――。 ■例年5万5000人超が集まるドイツ・コミック・マーケット  2021年8月7日と8日の2日間にわたり、ドイツ最大といわれるアニメコンベンション「ドコミ」がデュッセルドルフで開催された。「ドコミ」はドイツ・コミック・マーケット(Deutscher Comic Markt)の略称で、日本作品を中心にアニメ、マンガ、ゲーム、コスプレなど幅広くカバーする。欧州全域から15歳~30歳代の若い参加者が集まる、日本ファン必見の大型イベントだ。  デュッセルドルフ・コンベンションセンターで行われた「ドコミ」は、事前のPCR検査などが求められ、来場者数も1日1万4000人に限定された。とはいえ、2009年に開催されて以降、「ドコミ」はここ十余年で大きく成長した。2010年はわずか3000人だった参加者が、2019年には5万5000人以上に増えたことからは、欧州でも着実に日本のコンテンツファンが育っていることが伺える。  デュッセルドルフは、欧州ではパリに次いで日本人が多く、最大級の日本人コミュニティーが形成されている。また、デュッセルドルフのあるノルトライン=ヴェストファーレン州は、欧州でも屈指の日系企業の集積地だ。こうした環境で行われるイベントは、日本とドイツの架け橋的な役割を担う性格も持ち合わせている。 ■コスプレ来場者の多くは中国の「原神」キャラ  ドイツ在住の日本人女性、川瀬凛さん(仮名、24歳)もこのイベントに参加したひとりだった。ドコミは初参加で、この日が来るのを指折り待っていたというが、会場で目撃したある光景が彼女を驚かせた。それは、圧倒的多数を占める欧州人の参加者が日本ではなく、中国のゲーム「原神げんしん」キャラの“コスプレ”で来場していたことだった。 「原神」とは、中国のゲーム会社miHoYo(以下ミホヨ、本拠地は上海市)が開発・運営しているオンラインゲームである。川瀬さんは、あくまで自分の感覚だと前置きした上で、「原神キャラの来場者は7~8割を占めていた感じがしました」と話す。ちなみに、日本のコミックマーケット(略称コミケ)では、一般の参加者がコスプレイヤーを撮影して楽しむが、「ドコミ」では参加者自身が思い思いにコスプレを楽しんでいる。  最近では日本以外の作品展示も増えてきたというが、それにしても、「ドイツのコミケ」とも言われる会場を中国のコンテンツである「原神キャラ」のコスプレが闊歩しているというのは“ゆゆしき事態”である。会場のクリエーターブースでは「自作の原神グッズさえ売られていた」(川瀬さん)というから、欧州でも“原神文化”がかなり浸透していることが見てとれる。 ■飽き性でもハマるストーリーやサントラへのこだわり 「原神」は、基本プレーを無料とするオープンワールド型のアクションRPGで、2020年9月に世界同時リリースを行った。モバイルアプリのマーケット情報を提供する「センサータワー」(カリフォルニア州)によれば、現在のダウンロード数は1000万回を超えているという。  日本でも昨年から、山手線などの車内広告や渋谷や秋葉原などでの看板広告など、ふんだんに予算を投入して大々的な宣伝が行われてきた。日本でも何かと目立つ「原神」だが、その魅力は一体どこにあるのだろうか。  事務職として都内の企業に勤務している藤本萌乃さん(仮名、26歳)は、「原神」の影響をもろに受けた。“ゲーマー”というほどのめり込んでいるわけではなく、むしろ「ゲームは数回遊ぶとすぐ飽きてしまう性格だった」という彼女が「私は原神ファン」だと告白するのは、次のような理由からだった。 「このゲームがすごいのは、ディテールへのこだわりです。グラフィックやストーリー性もかなり高水準ですが、ゲーム内サウンドトラックを一流のオーケストラに演奏させているこだわりはスゴいと思いました。中国をテーマにした『璃月』という国のBGMでは古筝や琵琶など中国の古代の楽器が使用されていたり、日本をテーマにした『稲妻』では和太鼓や尺八などが使用されていたりします。  最初は、『中国のゲームなんて、どうせ金の力だけ』と思っていましたが、金の力に見合うセンスが伴ってきていることに衝撃を受けました」 ■PCやスマホ、プレステでクロスプレイできる良さ  藤本さんはこれ以外にも「クロスプレイできる点」を評価している。「PC、スマホのみならず、プレイステーションからもクロスプレイできるようになっていて、幅広いユーザーと遊べるのが原神のすごいところ」だという。  藤本さんによる原神の評価ポイントは、他のユーザーが「グラフィックとかストーリーがもう神」「語ることが多すぎるので、まずは遊んでみてほしい」などと、インターネット上に書き込んでいたコメントと重なる。その一方で「メインプラットフォームはPCなのでスマホ版の評価は高くはできない」など、スマホでゲームをするには「やや重い」といった指摘も目立った。  中国からの留学生で都内に住む呉暁さん(仮名、21歳)は、中国のゲーム市場動向を研究課題にし、熱心にこれを追っている。呉さんの発言からは、中国では必ずしも「原神」が人気のゲームではないことが伺える。 「中国で絶大な人気を集めるのは、テンセントゲームズの『王者栄耀』です。“中国のスマホ版LOL(リーグオブレジェンド)”のようなeスポーツ系で、誰でも楽しめることから中国では圧倒的な支持を集めています。中国における『原神』は、アニメ風の美少女、美男子キャラが多数登場することから、一部の“日本のサブカル文化が好きなゲーマー”に支えられている側面が強いと思います」 ■今や韓国に引けを取らないeスポーツ大国に  中国では、10~20代の多くの若者が対戦型のeスポーツを楽しんでおり、eスポーツができるネットカフェが至る所にある。  日本でネットカフェと言えば、シャワーや寝床を確保するための空間だったり、好きな漫画を一気読みしたりする場所として利用される傾向が強いが、中国では最新のデバイスを揃そろえた、本格的な対戦型ゲームを満喫できる空間として発展している。来年、浙江省杭州市で開催される第19回アジア競技大会(アジア版オリンピック)からeスポーツが正式種目になるため、近年、中国ではネットカフェ経営も投資の対象になっている。  また2020年秋、コロナ禍を脱した中国・上海で第10回となる「2020 League of Legends World Championship」大会が開催され、決勝では中国と韓国のチームが熱い戦いを繰り広げた。2013年から2017年にかけては、決勝には韓国勢が必ず残っていたが、2018年以降は中国が頭角を現すようになる。中国政府もeスポーツを戦略的に捉えており、ゲーム産業における国際的な主導権を掌握するために産業育成に力を入れている。  ちなみに最近、中国政府がゲームを「精神的なアヘン」だと捉えている報道が日本でも物議を醸した。事の発端は中国国営メディアが「オンラインゲームは未成年者に看過できない影響を及ぼしている」と報じたことによるものだが、中国政府が懸念しているのは「未成年者への影響」であり、ゲーム産業全体を否定するものではない。 ■中国のゲーム企業が日本を目指す理由  しかし、中国ゲーム産業の拡大は永遠には続かない可能性が出てきた。2021年上半期、中国ではゲーム人口が6億6700万人に達したが、その伸び率は前年比1.4%と微増にとどまった。  実は、中国のゲーム市場におけるユーザー規模は鈍化が続いている。中国音楽デジタル出版協会がまとめた「2021年1~6月中国ゲーム産業報告」は、「人口構造の変化に伴い市場競争が激化し、企業や製品に対する要求が高まる」と楽観を許していない。  これに対し、ビッグデータ分析の神策データ(北京市)がまとめた報告書(「中国のゲーム市場における課題と機会の分析」)は、「2018年~2020年までの3年間で、中国の自社開発ゲーム企業の海外での売上高が年々増加し、2020年には155億米ドルと33.3%の急成長を遂げた」と伝えている。 「原神」を運営するミホヨが市場を海外に求め、限りなく精度の高い作品をそこにぶつけたのも、来年から減り始めると言われている中国の人口問題と無関係ではない。クロスプレイを可能にしたことからは、家庭用ゲーム機の利用が根強い日本の、「伝統的なゲームプレーヤー」を取り込もうとしていることが見てとれる。ミホヨは世界市場に打って出るため、実に1億ドルもの研究開発費を「原神」に注いでいる。 ■「日本人は日本製のゲームしか遊ばない」と思われていたが…  オンラインゲームの世界三大市場は「1位中国、2位米国、3位日本」だと言われている。中国でも日本はゲーム大国として知られていたが、中国のゲーム企業は「日本人は日本製のゲームしか遊ばない」と思い込んでいた。  ところが、ネットイース・ゲームズ(広州市)が2017年にリリースした「荒野行動」が、意外にも日本でヒットしてしまう。「これがきっかけで、中国ゲーム企業の日本市場に対する見方が大きく変わった」(デジタルコンテンツに強い上海のコンサルタント)。ミホヨにとって主戦場は日本、その市場開拓における積極的な動きも、「優れたゲームであれば、日本においても開発国の国籍は問われない」ことに自信を持ったためだと言えるだろう。  ドイツでの「原神」人気も、若い世代にとって「ゲーム会社の国籍はあまり問われない」ということを示唆した。前出の川瀬さんが「ドコミ」の会場で知り合ったベルギー国籍の男性は、「プレーヤーからすれば、面白いかどうか。国際情勢とゲームに求める面白さは関係ない」と話していたという。 ■ゲーム市場はこのまま中国にのまれてしまうのか?  ちなみに、「このまま放置すれば世界のコンテンツ市場は中国にのまれてしまうのではないか」という筆者の懸念をドイツ在住の川瀬さんに伝えると、次のようなコメントが返ってきた。 「日本のゲームは、ゼルダの伝説、ファイナルファンタジー、ポケットモンスター、スーパーマリオなど、息の長い“シリーズ”ものが強みで、ドイツでもそれへの評価が高いです。中国のゲーム企業は確かに流行をつかむのがうまかったのかもしれませんが、果たしてロングランのヒットを出せるかは未知数です」  もっとも、こうした質問自体がそもそも“時代遅れ”なのかもしれない。今のゲーミングの世界は10~30代半ばの“若者世代”が主流であり、「中国のゲームだから」と色を付けたがる旧世代とはまったく異なる価値観で受け止めているところがある。  名画や名曲が政治や国境を越えて評価されるように、ゲームやアニメも国境を越える。若者を中心としたゲーム、アニメ、ファッションも“サブカル”とはいえ、これもまたれっきとした文化に違いないのだ。 姫田 小夏(ひめだ・こなつ)/フリージャーナリスト 東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。
定年後の健康保険、任意継続or国保? 条件満たせば「奥の手」も
定年後の健康保険、任意継続or国保? 条件満たせば「奥の手」も (週刊朝日2021年9月10日号より)  今や60歳で定年退職する人は少数派。公的年金が受給できる65歳まで再雇用で働くとして、リタイア後の生活の鍵を握るのが健康保険(公的医療保険)だ。シニアの社会保険事情に詳しい専門家に、有利な健康保険の選び方を聞いた。 *  *  *  国民皆保険の日本では、リタイアした後もいずれかの公的医療保険制度に加入する必要がある。満75歳以降は全員が「後期高齢者医療制度」の加入者となるが、そこに至るまでにはいくつかの選択肢があり、どの制度を選ぶかによって保険料や健康保険から受けられるサービスの内容が変わる。 (週刊朝日2021年9月10日号より)  リタイア後の健康保険の選択を誤ったと嘆くのは、東京都在住の60代男性だ。定年後も再雇用で働き65歳で完全リタイアしたが、その際は会社の健康保険の「任意継続(上限2年)」を選んだ。  健康保険には医療機関に支払った保険診療の自己負担額が月ごとに一定額(限度額)を超えると超えた分が払い戻される「高額療養費」という制度があるが、男性の会社の健康保険はこの上乗せ給付が手厚く、限度額は本人が月2万円、扶養家族が同3万円だった。それもあって、会社の健康保険に少しでも長く加入しておくのが得策だろうと考えたのだ。  任意継続の期間が終了し地元の市役所で国民健康保険(国保)の加入手続きをした際、男性の世帯の所得であれば国保の保険料が軽減されることを知った。結果論だが、2年間の合計では国保に比べて倍近い保険料を負担したことになる。  サラリーマンが離職する場合、一般的に、次に加入する健康保険の選択肢は大きく二つに分かれる。会社の健康保険の任意継続を利用するか、国保に加入するかだ。ただし、任意継続の場合は「資格喪失日の前日までに継続して2カ月以上の被保険者期間があること」という条件を満たす必要がある。  任意継続を選択すれば、先の高額療養費の付加給付に加え、人間ドックの優遇、割安な保養所の利用など、現役時代とほぼ同じ待遇が受けられる。一方で任意継続期間中の病気やケガへの傷病手当金、さらに出産手当金は支給されない。  企業内研修を手掛ける一成FP社会保険労務士事務所代表で社会保険労務士の鈴木一成さんによると、鈴木さんの担当する企業では「長く加入してきた制度への安心感もあり、定年後や再雇用の途中も含め離職する人の大半が任意継続を選んでいる」という。  任意継続に加え、「従業員数700人以上の大企業、または同業種の企業による組合員の合計が3千人以上」で厚生労働省から認可された健康保険組合には、老齢厚生年金や特別支給の老齢厚生年金の受給開始時から75歳になるまで加入可能な「特例退職被保険者制度」もある。こちらも任意継続と同様、傷病手当金と出産手当金を除く会社の健康保険の付加給付やサービスを享受することができる。  任意継続の保険料が(1)退職時の標準報酬月額(毎年4~6月の賃金の平均額を50等級の標準月額表に当てはめたもの)と、(2)全組合員の平均標準報酬月額のどちらか低いほうをベースに算出されるのに対し、特例退職被保険者制度の保険料は「全組合員の平均標準報酬月額の範囲内で組合規約によって定められた額」がベースとなり、多くはこちらのほうが有利になる。ただし、特例退職被保険者制度のある健康保険組合は全体の4%程度に過ぎず、該当者は限定されそうだ。  ひと昔前までなら、任意継続や特例退職被保険者制度が断然お得と言えた。しかし、近年は保険料収入が伸び悩む中、2008年に施行された高齢者医療制度による拠出金の負担が重くのしかかり、解散に追い込まれる健康保険組合が増えている。近い将来、保険料が見直され、付加給付や健診などのサービスが縮小される可能性は小さくない。2年が上限の任意継続ならともかく、特例退職被保険者制度はいったん手続きしたら原則75歳まで10年間加入し続けるのだから、一抹の不安が残る。  しかも、現役時代の保険料は会社と折半されるが、任意継続や特例退職被保険者制度の保険料は全額自腹だ。リタイア後の収入次第では、前述の男性のように国保のほうが保険料負担は軽くなるかもしれない。総合情報サイト「オールアバウト」で貯蓄ガイドを務めるファイナンシャルプランナーの大沼恵美子さんは、「リタイア後の収入で国保の保険料の軽減が受けられるかどうかが目安になる」と話す。  国保の保険料の計算方法には(1)所得に応じた所得割、(2)世帯の加入者数に応じた均等割、(3)世帯ごとに定額でかかる平等(世帯)割、(4)固定資産の評価額に応じた資産割の全てが適用される「4方式」と、(1)~(3)の「3方式」、(1)と(2)のみの「2方式」の3通りある。同じ都道府県内に複数の方式が混在することも多く、かつては自治体間の保険料格差が問題視されたが、大沼さんによると「18年の都道府県を国保の財政運営主体とする制度改革が奏功し、同一都道府県内では保険料が平準化してきている」という。  保険料全体に占めるウェートの大きい所得割は、前年1~12月の所得を基に算出されるため、離職の翌年は保険料が高くなりがちだ。しかし、リタイアした月にもよるが2年目、3年目以降は実収入を反映した保険料となり、収入から各種控除分をマイナスした所得が一定以下の場合は保険料が軽減される。国保の軽減措置は7割・5割・2割の3段階ある。大沼さんによると、「夫婦2人暮らしで世帯収入が自分の年金200万円と妻の年金78万円のみという一般的な年金受給者の世帯は軽減の対象になる」という。  これに対し、任意継続のほうが有利になる確率が高いのは、(1)リタイア後も企業年金の受給額が多いなど高収入が見込まれる人、さらに、(2)専業主婦の妻に加えて、ひきこもりや在学中の子どもがいるなど扶養対象となる家族が多い人だ。会社の健康保険では扶養家族の保険料は発生しない。しかし、国保には「扶養」という概念がなく、世帯単位で算定される保険料は上限があるものの、基本的に世帯内の加入者数が多いほど高くなる。  前出の鈴木さんは、「会社員時代は気にならなかった税金や社会保険料がリタイア後は負担に感じられるという人は少なくない。やはり保険料が安いのが一番で、任意継続か国保かの選択には具体的な金額を比較してみることが欠かせない」と助言する。ちなみに、離職時の年収が350万円、離職後の年金収入が200万円の男性(東京都町田市在住、妻は同い年で専業主婦)のケースで保険料を比較した。 (週刊朝日2021年9月10日号より)  任意継続は健康保険の資格喪失日から20日以内に手続きする必要があり、最近は離職の際に任意継続と国保の保険料の予想額を提示してくれる会社も多い。自分の収入や所得、扶養家族などを入力するだけで試算、比較が可能なウェブサイトもある。  実はもう一つ、子どもが福利厚生の充実した大企業の健康保険に加入していれば、その被扶養者になるという奥の手もある。大沼さんは、リタイア後の年金収入が180万円未満で、なおかつ同居の場合は子どもの収入の半分未満、別居の場合は仕送りより少ないという扶養の条件をクリアしているのであれば、扶養に入ることを勧める。  被扶養者は保険料負担ゼロで保険診療を受けることができるが、それだけではない。仮に年金収入が175万円だとすると国保の高額療養費の限度額は5万7600円、住民税非課税世帯では3万5400円(いずれも70歳未満の場合)になるが、給付の手厚い健康保険なら、これを下回ることもある。さらに、健康保険組合によっては被扶養者も5千円程度の負担で人間ドックを受診できるなど利点が多い。  ただし、健康保険組合の財政悪化により、近年は収入証明の書類の添付が必須となるなど、高齢の被扶養者の認定は厳しくなっているという。また、被扶養者は毎年資格の確認が行われ、条件を満たさないと直ちに扶養削除の手続きが取られる。  気を付けたいのが、被扶養者の収入基準には離職後に受け取る失業給付も含まれることだ。相対的に有利となる雇用保険の失業給付を手にするために、高年齢求職者給付金制度に移行する前の64歳のうちに離職する人もいることだろう。この場合、「基本手当日額5千円以上(60歳以上の場合)の失業給付を受給すると、年間収入が180万円以上とみなされ、受給期間中は被扶養者になれない」(鈴木さん)。 (ライター・森田聡子) ※週刊朝日  2021年9月10日号
「性欲ある私っておかしい?」 シニア妻からのセックスレス相談が増加中
「性欲ある私っておかしい?」 シニア妻からのセックスレス相談が増加中 ※写真はイメージです (GettyImages)  性への関心は、男女も年齢も関係ない――。シニアの女性でもセックスを求め、楽しんでいる人はいる。そんな女性たちや彼女たちをサポートする専門家に話を聞いた。 *  *  * 「みんなに言われるんです、目覚めが遅いよねって。セックスがいいと思うようになったのは、ここ5~6年なんです」  と話すのは、62歳の女性。最近ではすっかり性的能力の低下した夫(65)と、セクシャルトイズ(バイブレーターなど)を使ったセックスを楽しむ。 「妊娠することもないから、開放的になれるんです。この年になって快感を覚えて、それがどんどん深くなっていくのがとってもうれしい。夫とは以前より仲のよい夫婦になっていると思います」  セックスに対して希薄な女性も多いが、必ずしもそうした女性ばかりではない。  夫婦やカップルのセックス相談に乗って20年という、恋人・夫婦仲相談所所長の三松真由美さんは、「最近はシニアの相談が増えている。多いのはセックスレス。妻が夫に対して不満を持つ、つまり“したいけど、してくれない”という相談が多い」と話す。 「更年期以降の女性には性欲がない? とんでもないですよ。二極化していて、性欲のある女性もたくさんいます。50代女性は、“セックスしたいって口に出せない”“性欲のある私っておかしいの?”って口を閉ざしてしまっています」  女性に性欲があることは、別の現象からもみてとれる。三松さんによると、スマートフォンなどでコミックが見られるようになって以降、女性向けの官能もののコミックが「バカ売れ」しているというのだ。  もちろん、三松さんのところに相談に来る女性の中には「夫が求めてくるのが嫌!」という訴えもあるが、詳しく話を聞くと「夫とは嫌だけど、セックスはしたい」と、本心を吐露するケースも少なくない。 「これは夫婦間の問題なのでどうしようもない。ただ、嫌だと思いながら夫と接すれば態度に出るので、夫も妻とのセックスをあきらめるようになります。残りの人生を仮面夫婦のまま過ごすのか、新婚時代のようなラブラブな状態で過ごすのか、そこは2人で話し合うことですが、人生長いのだから、今努力して仲直りしておいたほうが得だと思います」  性欲の解消については、別のパートナーを作ったり、女性専用の風俗に行ったりする選択肢もあるが、リスクもある。  その点、マスターベーションなら安心・安全だ。最近は女性(Female)と技術(Technology)を掛け合わせた「フェムテック(FemTech)」という造語も生まれ、女性が自分で快楽を得られる方法がどんどん登場してきている。 「肌のお手入れと同じように腟のメンテナンスを怠らなければ、いくつになっても女性の性を意識できます。あきらめることはありません」(三松さん) (本誌・山内リカ) ※週刊朝日  2021年9月10日号
「子どもが外食で値段を気にするのは品がない」と妻が不満 父親の節約志向は直すべき?
「子どもが外食で値段を気にするのは品がない」と妻が不満 父親の節約志向は直すべき?  倹約家の父親の影響で、節約志向になった小4と幼稚園年長の息子たち。子どもが外食で値段を気にする様子に、妻と義父母は「みっともない」「貧乏くさい」と不満を募らせている。子どもの金銭感覚をどう育むべきか。「論語パパ」こと中国文献学者の山口謠司先生が、「論語」から格言を選んで現代の親の悩みに答える本連載。今回の父親へのアドバイスはいかに。 【相談者:小4と幼稚園年長の息子2人を持つ30代の父親】  小学4年と幼稚園年長の息子がいる30代後半の父親です。自分の金銭感覚がケチなのか? モヤモヤしています。私の年収は700万円ほどですが、妻は専業主婦なので、留学や塾などの教育費をためるためにかなり倹約してもらっています。私はもともと必要以上にお金を出さないタイプで、その影響か、子どもたちも物の値段にとても敏感で、高価な品物を遠慮します。たとえば、すし屋では「イクラ、高いけど食べてもいい?」、ファミレスでは「もったいないから僕は水でいい」、子ども服売り場でも「バーゲンになるまで待とう」などと言います。 「しっかりした金銭感覚が育っている」とうれしいのですが、妻や義理の両親は、そんな子どもの姿がとても不快なようで、「貧乏くさい」「みっともない」「品がない」などと非難します。店員や他の客など、よそ様からどう見えるかは気にしたことがありませんでした。もっと子どもらしく食べたいものを食べさせ、好きな服を選ばせるべきでしょうか。 【論語パパが選んだ言葉は?】 ・「性、相(あ)い近きなり。習い、相い遠きなり」(陽貨第十七) ・「未(い)まだ貧しくして楽しみ、富(と)んで礼を好む者には若(し)かざるなり」(学而第一) 【現代語訳】 ・「人間は生まれた時は、互いに似たり寄ったりでたいした個人差はないが、後天的な習慣によって大きく違ったものになり、互いに遠いものとなる」 ・「貧しくても貧乏を忘れて学問の道を楽しむ人、豊かになっても金のことを忘れて礼儀正しく生きようとする人にはかなわない」 ※写真はイメージです(写真/Getty Images) 【解説】  お答えします。30代という若さで年収700万円のお父さん、とてもがんばっていらっしゃいますね! それでもやはりまだ幼い息子さんの将来の学費を考えると、安心していられないでしょう。子どもにかけるお金を計算しはじめると際限がなくなるのはわかります。  しかし、「どれが高い、何は安い」という物の「価格」ばかりを言う親に育てられれば、子どもは何に対しても「価格」で価値を判断する人間に育ってしまいますよ。  2500年前の孔子と弟子たちの言行録である『論語』には、「性、相(あ)い近きなり。習い、相い遠きなり」(陽貨第十七)という教育論が書かれています。 「性(人間の生まれ持った先天性の資質)は、互いに似たりよったりでたいした個人差はないが、後天的な習慣によって大きく違ったものになり、互いに遠いものとなる」という意味です。相談者さんの倹約習慣、金銭感覚は、そのまま息子さんたちの「習い」となるというわけです。金融教育の進んでいるイギリスでは「7歳時点での金銭感覚は一生続く」とも言われているようですから、普遍性を備えた言葉でありましょう。  では、生まれた時、人の能力にほとんど差がないのなら、相談者さんが考える「子どもに習慣づけなければならない一番大切なこと」は何でしょうか。「堅実な金銭感覚」ですか?  孔子なら「未(い)まだ貧しくして楽しみ、富(と)んで礼を好む者には若(し)かざるなり」(学而第一)と説くに違いありません。  これは、「貧しいけれど人にへつらうことがない人、お金持ちでも驕(おご)りたかぶることのない人というのは立派な人でしょうか?」という弟子の問いに、孔子が答えたもので、 「それは結構だが、しかしまだ、貧しいから・経済的ゆとりがあるから、ということにとらわれている気味がある。貧しくても貧乏を忘れて学問の道を楽しみ、豊かになってもお金のことを忘れて礼儀正しく生きようとする人にはかなわない」  という教訓です。  孔子自身は母子家庭で育ち、貧しい少年時代を送っています。相談者さんは、「貧富」や「金銭」に基づいた価値観ではなく、もっと大切な考え方を子どもに教えるべきでしょう。  孔子が自分の息子や弟子たちに教えたのは、「物事の本質を見抜く力」です。相談者さんが息子たちに教えるべきは「価格が高いイクラは、本当にいいイクラなのか?」について、自分で考える力ではないでしょうか。物の価格に振り回されるのでなく、「本当にいい食事とは何か? それはどんな味か」「今必要な衣服は何か」など、物事の「本質」に価値を見いだせるほうが、息子さんの人生は豊かなものになるでしょう。堅実な金銭感覚は大事ですが、行き過ぎると自分で考える努力をしなくなってしまうと思います。  また、妻や義父母の「みっともない」「品がない」という発想は、他人に好まれるように見せる「外見」を気にしているのであって、「外見」より磨かないといけないのは、人の「内面」であるはずです。  相談者さんは息子さんたちが、本当に正しい生き方ができる人、社会のためになることを心から楽しめる人になるために、どうか「本質を見抜く目を養う」という尺度で、息子さんたちに接してあげてください。 【まとめ】 人格は習慣によってつくられる。物の価格に振り回されず、物事の本質を見抜く力を養ってあげて
俳優・タレント 原田龍二 スキャンダルを経て「人間力」で芸能界を生き抜く
俳優・タレント 原田龍二 スキャンダルを経て「人間力」で芸能界を生き抜く 自分では「人間、原田龍二」という肩書がしっくりくる。開設したYouTubeチャンネルは「ニンゲンTV」と名付けた(撮影/葛西亜理沙) 90年代のVシネマ全盛期はドラマの現場にはないギラギラした熱気が渦巻いていた。そんな空気を吸えたことは財産になっている。原田が侠栄一家の組長・鷹羽栄眞を演じる最新作「下町任侠伝鷹3」の撮影現場で(撮影/葛西亜理沙)  俳優・タレント、原田龍二。不倫謝罪会見から2年。一度の失敗がタレント生命を脅かす昨今の芸能界で、異例の速さで原状回復を果たしている。妻と共演するCMも話題だ。「許されたとは思っていない」と本人は話すが、家族や仕事相手と築いてきた「人間力」が味方になったと30年近くを共にするマネジャーは言う。これまで、どんな生き方をしてきたのだろうか。 *  *  *  梅雨晴れの眩(まぶ)しい日差しが降り注いだ6月中旬のある日、東京都千代田区にあるTOKYO MXテレビの会議室に報道陣が詰めかけていた。有名芸能リポーターの顔もちらほらと見える。そこに登場したのは原田龍二(はらだりゅうじ)(50)と、原田の妻、愛(48)。これから始まろうとしているのは原田が2018年からCMキャラクターを務める山本漢方製薬「大麦若葉」の新作CMの記者会見だった。「思い起こせば2年前、この場所であのような謝罪会見をしたことを思いますと気持ちが楽と言いますか、謝らなくていいので気が楽です」 大真面目な顔で原田が言うと、会場にワッと笑いが起きた。 そこは、まさに謝罪会見を行った場所だった。19年の5月末、複数の女性ファンとの愛車を使った不倫報道という“文春砲”後、リポーターに突っ込まれながらすべてを認めて謝罪し続けた場所。そこに妻と並び、「家族愛」をテーマにした新CM発表会をする日が来るとは誰が想像しただろう。 会見で同社の山本整社長は「企業なので契約解除が当たり前の判断。しかし原田さんが本当に現場で楽しく仕事してくれていた。あれで解除となるのはあまりにも寂しかった」と語った。CMは象徴的だが、原田は異例の速さで原状回復を果たしている。それどころか昨年末には自身が綴った教訓とともに全裸でポーズを決める「毎日反省 日めくりカレンダー」を発売するなど、独特の立ち位置を確立しつつある。「いや、自分ではそんなふうに、許されたなんて思ってないです。いまだに朝、目が覚めたらまず悪夢のように不祥事のことを思い出しますから。でもそのビジョンは戒めとして持ち続けたい。マイナスからのスタートですが、生きている限りレースは続く。いつか1等賞を取りたい。それは人間として唯一無二の場所に立つことです。そう自分を鼓舞して一日が始まるんです」 ■喧嘩は素手が基本だった 正義感溢れる硬派な不良 東京、足立区竹の塚。秋葉原の家電量販店に勤める父と専業主婦の母のもとに長男として生まれた。1歳違いの弟とは幼いころから仲が良く、父の「喧嘩は絶対に負けるな」という教えに従い、2人で切磋琢磨(せっさたくま)しながら逞しく成長した。原田曰く「当時の竹の塚は、下町でもガラが悪いところ」。「同級生の半分はパンチパーマかリーゼントで暴走族に入っていましたから、僕も決して優等生ではありませんでした」 高校生になると、学校帰りにディスコで遊んで外泊をしたり、ときには街の不良たちの抗争に参加したりすることもあった。もっとも、喧嘩は素手が基本だ。カツアゲをしている輩(やから)がいたら止めに入るような正義感溢れる硬派な不良だった。 転機が訪れたのは19歳のころ。渋谷を歩いているとスカウトされた。一度は断ったものの、時期を置いて何度も誘われる。事務所に行くと「毎月10万円出すからうちに来ないか」と口説かれた。その金額にあっさり陥落。しかし事務所に入ってはみたものの「芸能人」という響きに反発する思いがあった。チャラチャラしたやつが大嫌い。芸能人はその代表だった。「大人が作った偽物のかっこよさを身につけて、かっこつけてる、かっこよくないやつ」というややこしい先入観があった。演技レッスンには行かず、勧められたオーディションも「行った」とウソをついた。ついに「もう逃がさない!」と連れて行かれたのが「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」。いまも若手俳優の登竜門だが、そこで準グランプリを取る。「ヤバいと思いました。特技審査があって、僕は尾崎豊さんの『I LOVE YOU』を歌った。歌だけは子どものころから好きだったのと、意外と短い曲なので早く終わるという目論見(もくろみ)があった。それが準グランプリになって……。最初のころはずっとやめたいと思っていましたね」  演技の訓練もしないまま、連続ドラマ「キライじゃないぜ」で俳優デビュー。ちゃんと台本は覚えていくが、うまく動けずに演出部から怒鳴られる日々が続いた。態度が悪いと言われ、サブ(音声や映像を操作する副調整室)に正座させられたこともある。「この現場が終わったら全員をブン殴って自分もやめる」。森卓一(58)が原田のマネジャーになったのは、原田がそんな物騒なことを考えていた20代前半のころだ。森は言う。「挨拶しても『あぁ』しか言わない。ずいぶん無愛想なやつだと思いましたよ」 しかし、ドラマの撮影が終わり、TBSの緑山スタジオの最寄り駅、小田急線鶴川駅で見た光景が森にやる気を起こさせた。なんとなく目をやった反対側のホームにいる原田の、ただ歩いたり、ふと立ち止まって佇(たたず)んでいたりする仕草があまりにもかっこよかった。目が離せなくなった。「こいつは絶対に売れる。いや、売らないといけないと思った。話をするうちに打ち解けて、実は礼儀正しくて良いやつだとも分かりましたしね」 次第に芝居の勘もよくなり、1996年には映画「日本一短い『母』への手紙」で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞する。陣内孝則、石黒賢、哀川翔ら見た目も中身もカッコいいと思う先輩俳優と共演するうちに、かつて抱いていた「芸能人はダサい」という思いも消えつつあった。それでもどこか後ろ向きの気持ちはなくならなかった。 そんな原田を大きく変えたのが「世界ウルルン滞在記」だった。若手俳優などが世界各国でホームステイし、その国のリアルな暮らしを通して世界の在り方を伝えるドキュメンタリー番組だ。 そのディレクターは、ハードな旅をさせることで有名だったと森は振り返る。「最初、番組のADに、あの人とやると大変な目に遭うから行かないほうがいいと言われて。でもそう聞くと僕も龍二も1回行きたくなるんです」(文・大道絵里子)※記事の続きは2021年9月6日号でご覧いただけます※AERA 2021年9月6日号より抜粋
眞子さまと小室さん 甘くないNY生活 「アジアの元プリンセス」警護で米国民が猛反発も
眞子さまと小室さん 甘くないNY生活 「アジアの元プリンセス」警護で米国民が猛反発も (c)朝日新聞社  眞子さまと小室圭さんが年内に結婚し、米国のニューヨーク(以下はNY)を拠点に生活する見通しであることが報じられた。    海の向こうで、ふたりはどのような生活を送るのか。治安がよいとはいえないNY生活で、関心を集めているのが警備の問題だ。NY現地の警備で高額の費用が拠出されるといった記事もあるが、大使経験者らに現地の事情を聞くと、手厚い庇護をうけた「甘い生活」とは行かないようだ。  眞子さまら皇室メンバーは、つねに皇宮警察や管轄の警察の警備に守られた生活を送ってきた。眞子さまも公務中はもちろん、学校や職場、私的なお出かけの間も護衛がついているわけだ。  結婚して民間人になれば、理屈のうえでは皇宮警察や警視庁の警護対象者から外れる。護衛や生活などを国費でまかなうことはなくなり、自分たちで生活するのが基本だ。  とはいえ、内親王ともなれば、そう単純でもない。たとえば上皇ご夫妻の長女、黒田清子さん(紀宮さま)は、民間人となって数年の間は、スーパーで買い物をしている最中も女性の警察官がそばにつきそっていた。  というのも皇室の外に出た元皇族女性が犯罪に巻き込まれる事件が、過去に起きているからだ。  昭和天皇の三女・鷹司和子さん(孝宮)は、摂政や関白を務めた五摂家のひとつ、鷹司家の平通さんと結婚した。戦後初めての女性皇族の結婚であり、華族制度の廃止によって「平民への初の嫁入り」と騒がれた。だが、1966年には平通さんが銀座のママの自宅でガス中毒死する。そして2年後、和子さんは強盗に遭う。自宅の台所に包丁を持った男が侵入。口をふさがれ、けがを負ったが、自力で玄関まで逃げた。娘の境遇をふびんに思った昭和天皇のはからいで、赤坂御用地内の古い木造平屋の乳人官舎に移り住み、伊勢神宮の祭主を務めながらひっそりと暮らした。   昭和天皇の五女の島津貴子さん(清宮)も、犯罪に巻き込まれかけている。1960年に結婚したのち、1カ月ほどで警護は解かれた。だが3年後に5000万円の身代金を計画した島津貴子さんの誘拐未遂事件が発覚して大騒ぎになった。 新婚生活の拠点となると見られるニューヨーク。写真は五番街 (c)朝日新聞社  民間の生活になれない元皇族女性を狙った事件が続いたことから、清子さんのように、警視庁が目立たない形で護衛を続ける例もあるようだ。  では、外国で暮らす場合はどうなるのか。 「日本の警察が外国で、武器を携帯して元プリンセスを守ることはできません。現地の大使館には、警察庁の人間も書記官などの身分で出向していますが、こちらも同様です。犯罪などから守ってくれるのは、現地の警察ですが、たいした護衛は期待できないでしょう」  そう話すのは外交官として大使などの要職を歴任した人物だ。 「どの国の中央政府も、国内に滞在する政治要人や元ロイヤルを含むロイヤルメンバー、皇室メンバーのリストを把握している。眞子さまにNY市警などの警備をつけたければ日本政府が米国の連邦政府などを通じて眞子さまの警備をお願いし、さらに米国政府が応じることが前提になる。米国が応じなければ、眞子さまと小室さんの自宅周辺を、ときおり警察が巡回する程度でしょう」  世界中を見渡せば、王室の親族も含めるとロイヤルに連なる人間は、意外に多い。  一夫多妻制の国の王子や王女は、それこそ何千人もいるなどと言われる。ましてやNYは、留学やビジネスをふくめて、ロイヤルに連なる肩書を持つ人間が集まる場所でもある。  一方でNYは、新型コロナウイルスの影響で未曾有の不況下にあるうえに、治安も悪化している。 「NY市警も、アジアの元プリンセスに手厚い警護を行い続けるだけの体力もないでしょう。ましてや欧米の国民は、税金の使い道にシビアです」(先の元外交官)  参考になるのは、へンリー王子とメーガン妃の例だろう。  ヘンリー王子夫妻は、離脱前の2019年冬からカナダのバンクーバー島にある海岸沿いの邸宅を生活拠点としていた。  カナダは英連邦の加盟国。カナダ騎馬警察(RCMP、連邦警察)は、ロンドン警視庁の要請を受けて国際条約に基づき夫妻の警護を提供してきた。  カナダ国民は夫妻を歓迎したが、滞在が長引くにつれ、世論調査では夫妻の警護費用に税金を投入すべきではないとの声が77%にまで高まり出した。   8月4日に40歳となったメーガン妃は、新たな慈善活動「40x40」について話した。窓の外でイタズラをするのはハリー王子か?(夫妻の財団「アーチウェル」の公式サイトの動画より)  そうしたなかヘンリー王子夫妻が「王室離脱宣言」をする。さらに、王室の高位メンバーから外れることが明らかになると、カナダ政府の対応は早かった。カナダ政府は、2020年2月、「夫妻の地位の変化に伴い、今後数週間以内に」終了すると発表したのだ。  ちなみに、王立カナダ騎馬警察が公式文書で明らかにしたところでは、夫妻が滞在した11月から2か月間の警備で、最低でも約432万円のカナダの税金が投入されている。この警備費に騎馬警察の人件費は含まれていない。カナダでの滞在は5カ月に及んだ。警備費はさらにふくれあがったはずだ。  どの国でも政府は、国民の反応に敏感だ。 夫妻がカナダから米ロサンゼルスに拠点を移すと、当時のトランプ大統領も、すぐに反応した。  ふたりの警備費の負担を拒否する方針をツイッターで公表。すると、米国民から「最高の決断だ、大統領!」と称賛の嵐が巻き起こった。  一方で、元宮内庁職員は、むしろ眞子さまが警護などの待遇を望まない可能性を指摘する。世界経済の中心地のひとつであり、世界中から人が集まるのが NYだ。互いに必要以上に干渉しない、匿名性の高さもまた、この街の魅力だ。 「眞子さまは日本にいる限り、元皇族としての視線から逃れられません。しがらみから逃れて、一市民として自由にお暮らしになりたいのではないでしょうか。一時金さえ受け取らない意向を示されているのですから、ご自身で警護をお断りになる可能性もあります。それに、そうした待遇を受ければ、『民間人になっても税金を使って』と日本で非難が高まるのは、目に見えていますからね」(元宮内庁職員)  前出の元外交官はこう話す。  「あとはNYの総領事などが、定期的に眞子さまや小室さんを招待して、困りごとはないか、などのフォローぐらいはできるでしょう」  皇室の庇護から離れたた元内親王を待ち受けるのは、甘い生活とは行かないようだ。 (AERAdot.編集部 永井貴子)
スペイン版『ゴシップガール』は超過激 おすすめネトフリ・ドラマ
スペイン版『ゴシップガール』は超過激 おすすめネトフリ・ドラマ ※写真はイメージです (GettyImages)  Netflixでは、多彩な国々のドラマや映画を配信している。3人の識者にあえて欧州を中心としたおすすめ作品を挙げてもらった。 *  *  * (週刊朝日2021年9月10日号より)  普段見る機会がない国の作品を数多く配信しているNetflixの魅力を3人の識者に聞いた。  映画・海外ドラマ評論家の今祥枝さんは、現地放送から間をおかずに視聴できる利点を挙げた。 「昔はドラマの買い付けから吹き替え放送まで数年。今は字幕をつけて素早く配信できます。Netflixは定額制だから、気軽に試し見できるのもいいですね」  海外ドラマ評論家・村上淳子さんは、「ニュースよりドラマを見るほうがその国のことがよくわかる」との持論あり。 「海外に行けない今、現地の雰囲気が伝わるドラマやリアリティー番組が見られてうれしいです」  映画ライターの常川拓也さんは、10代の視聴者も多いNetflixが若者向け作品を増やしていることを歓迎。 「多様な人種やセクシュアリティーの人が登場する作品が増加。性やクィア表現の開拓も目覚ましいですね」 ■イギリス 『ザ・クラウン』Netflixオリジナルシリーズ シーズン1~4独占配信中  最多の5作品が挙がった。今さんはエミー賞24部門ノミネートの『ザ・クラウン』を、「誰もが注目する英国王室とエリザベス女王を重厚に描いた大河ドラマ。事実に基づいたフィクションと促えるべきだと思いますが、在位中の王室メンバーの問題点を真正面から描く覚悟がすごい」。  実在の連続殺人鬼が主人公の『ザ・サーペント』は、「70年代のアジアの空気感をリアルに描き、上の年齢層の会員をつかんでいます。主役の演技が巧みでストーリー展開もおもしろい!」。  若者向け作品に注目する常川さんは『セックス・エデュケーション』と『デリー・ガールズ』を紹介。「現在、最もセクシュアリティーの多様性を探求しているティーン・ドラマが『セックス・エデュケーション』。まさに革新的な作品です。『デリー・ガールズ』は、北アイルランド問題を背景にしながら、10代少女たちを陽気に活写したコメディー。激動の時代でもいつもバカをやって笑い合っているところが楽しい作品」と話す。 『デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~』Netflixオリジナルシリーズシーズン1~2独占配信中  村上さんが推すのはサイコスリラーの『瞳の奥に』。「ありがちな不倫のもつれから、ラストは予想を超えたはるか彼方に着地。文句なくおもしろく、やられた!と大興奮。見終わった後、点在していた伏線を思い返してうなってしまいました」 ■フランス 『エージェント物語』Netflixオリジナルシリーズ シーズン1~4独占配信中  村上さんは2作を推す。 「『ルパン』は痛快! スタイリッシュでスピード感が心地よく、過去と現在をクロスオーバーさせながら、飽きさせることなくストーリーが展開します。『エージェント物語』は、ハリウッドに比べてあまり知る機会のないフランスのエンタメ界を覗き見できる作品。女優のプチ整形事情や熾烈な引き抜き作戦など、ハードな現場がコミカルに、切実に描かれてます」 ■スペイン 『ペーパー・ハウス』Netflixオリジナルシリーズ シーズン1~4独占配信中 今さん推しの『ペーパー・ハウス』はスペインで人気が出て、シーズン3からNetflixが製作。「犯罪者一人ひとりのドラマが描かれ、キャラクターがいい。スペインらしい極彩色で独特のノリがいい」。村上さんが推す『エリート』は、「スペイン版『ゴシップガール』と言われるけど、さらに過激。階級社会やドラッグなどの社会問題も複雑に絡み合い、大人が見ても見応えたっぷり」 ■ヨーロッパ合作  合作の作品もユニークなものが多い。常川さんは『アンオーソドックス』と『アンダーカバー』を推す。「実在のオランダ麻薬王の事件を元にした『アンダーカバー』。妻を愛する豪傑なボスの造形は『ザ・ソプラノズ』を彷彿とさせるなど、随所にアメリカドラマからの影響がうかがえます。『アンオーソドックス』は、Netflix初のイディッシュ語ドラマ。ユダヤ教超正統派女性の実体験が元になっていて、抑圧された女性の苦悩が描かれています」  今さんのおすすめは、尋問室という同じセットを使い、各国チームが同時期に撮影した『クリミナル』。「Netflix所有のスタジオに各国チームが集合し、アンソロジーとして各国版を作りました。同じ設定でもお国柄が出るので、比較するのも楽しいですよ」 ■北欧 『ヤング・ロイヤルズ』Netflixオリジナルシリーズ 独占配信中  3作品を挙げたのは北欧作品好きの今さん。「『トラップ』はレベル高し! 極寒の港町で、地元警察官が変死体の謎を解きます。とにかく寒そうで、酷暑に見て(笑)。『コペンハーゲン』はデンマークの政治ドラマ。初の女性首相が主人公で、政治的駆け引きがおもしろく、正しい政治のあり方を示してくれます。『カリフェイト』はスウェーデンの白人社会になじめない移民に忍び寄るISISを描き、洗脳の過程や憎しみの連鎖がリアルで展開もスリリング」  常川さんは、スウェーデンの王子が男子同級生に好意を寄せる『ヤング・ロイヤルズ』を。「王子がクィアなキャラクターとなると事態は複雑に。10代の俳優演じる等身大の振る舞いがほほ笑ましい」 ■カナダ  名作『赤毛のアン』が原作の『アンという名の少女』。今さんは、女性の自立や偏見、差別など現代的なメッセージを入れているところを評価。「ロケーションや衣装などは忠実に再現。自己主張が強く、人をイライラさせるアン役もいい。どの年代にも響く物語です」 ■オーストラリア 『ステートレス -彷徨の行方-』Netflixオリジナルシリーズ 独占配信中  人道的活動に関わっている俳優ケイト・ブランシェット主導で製作された『ステートレス』。移民キャンプの現実をリアルに描く。「弱者の視点に立った作品を国際的に配信できるのは素晴らしいこと」と今さん。 (週刊朝日2021年9月10日号より) (週刊朝日2021年9月10日号より) (文・構成/吉川明子) >>【後編/女性清掃員が殺し屋に…米国・韓国以外のおすすめNetflix作品とは?】へ続く ※週刊朝日  2021年9月10日号より抜粋
シニアのセックス事情 「したい」男性は7~8割も女性は3割の現実
シニアのセックス事情 「したい」男性は7~8割も女性は3割の現実 ※写真はイメージです (GettyImages) (週刊朝日2021年9月10日号より)  今年で結婚26年になる会社員のアキコさん(仮名・59歳)は、更年期にさしかかった40代後半でセックスに興味を持てなくなった。 「更年期のときは症状がけっこうきつくて、セックスどころじゃなかった。今は、仕事と実母の介護で手いっぱい。体調もイマイチなので、時間があれば寝ていたい」  更年期で悩んだときは婦人科でホルモン補充療法(HRT)も試みたが、性欲はないまま。夫(63)の求めには数カ月に1回程度応じていたが、ほとんど感じない。「自分でしてみると、それなりに感じるんですけどね(笑)」とアキコさん。  夫のことが嫌いかというと、そうでもない。夫は妻の多忙を知ってか、定年後は特に家事を手伝ったり、ねぎらったりしてくれる。妻の体調についても理解しているようだが、それでも夜になるとたまに触れてくる。 「応じたくても体がついていかない。そのつらさは夫にはわからないんだと思う。これからの夫婦関係に不安を覚えます」(アキコさん)  長寿社会を迎えた日本、平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳(厚生労働省「簡易生命表」)で、女性は90代にあと一歩というところまで迫っている。長い人生のラストステージにセックスは必要か。  まずは、現代のシニア世代のセックス事情をみてみよう。  一般社団法人日本家族計画協会(東京都新宿区)が、避妊具や育児用品などを製造するジェクスの依頼で、全国20~69歳の男女約5千人に実施した調査から、50代以上の回答を見ていくと、「月に1回以上、セックスをしている」のは、男性では50代が30.7%、60代が21.0%、女性では同20.5%、22.0%。  一方、セックスレス(※)は、男性では50代で69.3%、60代で79.0%、女性では同79.5%、78.0%だった。わが国ではセックスレスが進んでいるといわれて久しいが、50代以降でも顕著にその傾向がみられた。  興味深いのは、セックスに対する考え方の男女の違い。「したい」と考えるシニア男性は7~8割と多いが、女性は2割弱~3割程度にとどまる。一概には言えないが、“したい男性&したくない女性”という構図がみえる。  同協会の会長で産婦人科医の北村邦夫さんが指摘する。「まず大前提として、セックスは2人の合意があってするもの。必要だと思う人がするものであり、“人生にセックスが必要か”といえば必ずしも必要ではない。夫婦やカップルの間で“不要”という意見で一致していれば、あえてする必要はないでしょう」  ここで問題となるのが、夫婦、あるいはカップルの一方が「したい」という欲求を持ち、一方は「したくない」という意思を持っているときだ。 「この場合、専門家による医学的、あるいは生活改善を含めたカウンセリング的なサポートが必要になります」(北村さん) ※日本性科学会の定義では、特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシュアル・コンタクトが1カ月以上なく、その後も長期にわたることが予想される場合 (本誌・山内リカ) ※週刊朝日  2021年9月10日号より抜粋
神田うのが“夫婦同時入院”を独白 「夫の脳梗塞」「3度の流産」を乗り越えて得たものとは
神田うのが“夫婦同時入院”を独白 「夫の脳梗塞」「3度の流産」を乗り越えて得たものとは インタビューに応じた神田うのさん(撮影/写真部・高野楓菜) 神田うのさん(撮影/写真部・高野楓菜)  セレブで華やかな――そんなイメージの強いタレントの神田うの(46)が、人知れず苦難の日々を過ごしていた。昨年11月、夫で経営者の西村拓郎氏(51)が脳梗塞で倒れ、救急搬送。神田は献身的に支える日々を送っていたが、心労がたたって昨年末には自身も入院するなど、一時は夫婦共倒れの状況だった。さらに7月には、自身のインスタグラムで過去に3度流産したことを明かした。様々な苦難を乗り越えてきた神田が初めてAERAdot.のインタビューに応じ、当時の状況や心境を語った。 ――夫・西村さんの現在の状況はいかがですか。 今ね、リハビリをすごく頑張っていて、おかげさまでだいぶ回復しました。最初は車いすにも乗れず、院内の移動はストレッチャー。そこから起き上がれるようになって、自分で歩けるようになって。今は文字も書けるし、料理もできるようになった。Zoomが普及したおかげで、仕事もけっこう復活できているようです。 最近は、趣味のゴルフにも行けるようになったんですよ。最初は皆、「もうゴルフなんて一生無理だよね」と思ってたんですけど、挑戦したらできた。彼はもともとスコアが80台ですごく上手なんですけど、復帰後も80台が出て、本人も信じられないと言ってびっくりしていましたね。 ――短期間で、驚くほどの回復ぶりですね。 本当に奇跡というか。MRIを撮ると、実は後頭部の一部の血管がまだ詰まったままなんですよ。詰まっているのに、手も足も動く。お医者様からも「これは奇跡ですよ」って。 ただ、少しですが後遺症もあります。左半身の温痛感覚がなくなって、お風呂でお湯につかっても、身体半分は温かいけど、半分が冷たいと感じるようです。手も、まだちょっと動きにくかったりする。あとは、声帯の半分がうまく機能しないので、最初は声がかすれて出なかった。喉の手術をして良くなりましたが、今もたくさん喋ると喉が痛くてつらいみたい。 ――本人も、リハビリを相当頑張っているのでは。 自主的に、リハビリに通い続けています。いっぱい歩くし、ゴルフも「僕にとってはリハビリだから」と言って出かけていますね。 夫はとにかく諦めずに、コツコツやっていく努力家。でも性格的に、他人には大変なところを見せたくない人なんですよ。昔、彼は自分を「アヒル」に例えていたことがありました。「皆が見えるところではすーっと泳いでいるように見えるけど、水面下では常に足をばたつかせてるんだ」って。病気をする前までは、そうした様子を私にも見せたがらないから、何でも余裕でこなせる人なのかなと思ってたんですよ。 でも、まさにこの人はアヒルなんだなと、リハビリに励む彼を見て気づいたんです。今まで何でもできると思わせていた彼は、努力して頑張った上での彼なんだなって。すごいなと尊敬しています。 ――西村さんが緊急搬送された日のことを振り返っていただきたいです。 夫が倒れたと知らされたのは、昨年11月4日の朝9時ごろでした。私はちょうど娘と一緒に実家にいたので、お手伝いさんから「ご主人が倒れてます」って連絡があって。その日のYouTubeの撮影をキャンセルして、病院にすっ飛んで駆けつけました。 それで、救急室で夫の姿を見て、びっくりしたんです。目に飛び込んできたのは、血が混じった嘔吐物や、鼻から入れられた管ですとか、あまりにショックな光景だった。死んじゃうかもと思って、すごく怖くて。私はずっと泣きながら夫の手を握っていたらしいですけど、気が動転していてよく覚えていないんです。 ――医師から脳梗塞と告げられた時の心境は。 脳梗塞と聞いて、とにかく後遺症が怖かったですね。でも、最初は彼が死んじゃうかもと思ったし、生きてくれさえすればいいというところからスタートしましたから。もちろん歩けるようになってほしいけれど、歩けなくてもしゃべれなくても、たとえ二度と仕事ができなくても、生きていてくれるだけでいいやと。そこに尽きるんですよ。 ――入院中は、うのさんが献身的に支えていたそうですね。 コロナ禍だから面会の制限があって、入院患者につき、特定の一人しか入れない。娘や夫の両親も入りたかったはずですが、妻の私が家族代表として通うことになりました。とにかく入れるのが私だけだったから、私が全部やらないと。PCR検査を受けて、毎日病院に通ってましたね。 ――通院して、どんなサポートをしていましたか。 病院には夫の着替えを持って行って、洗濯物を持って帰って。お風呂に入れるようになった時も、最初は自分で身体を拭けないから、私が身体を拭いて、着替えさせたりといった介助をしていました。ご飯を食べれるようになったら、身体にいいものを調べて、お弁当を作って持って行って。 私は励まさなきゃいけない立場の人間だから、私まで一緒になって落ち込んでいたらだめだし、本人の前で泣くわけにはいかなかった。いつも「じゃあね、明日来るね」と言って病室を後にして、車に乗った時に、涙がこぼれてくる。特に最初の1週間は、本当にどうなるかわからなかったから。精一杯励ましの言葉をかけられるように努めました。 ――どんな言葉をかけていましたか。 例えば「大丈夫だよ」って言うときに、言い方には気を付けました。同じ「大丈夫」でも、リハビリすれば絶対良くなるとか、元気になったらゴルフも何でもできるようになるよといったような、100%大丈夫みたいなことは言えない。先過ぎる励ましをしても、この先ずっとできない可能性がありましたから。 なので、一歩先に目が行くように、できるようになったことをベースに励ましていました。「車いすに乗れるようになって良かったね」「ご飯が食べられるようになって良かったね」「家に帰れるようになって良かったね」って。 人間ですから、どうしても元気な時の自分と比べて、できないことに対してフラストレーションがたまっていく。何かできないことがあって落ち込んでしまいそうな時には、「できるようになったこと」に目を向けてもらうようにしています。 ――ご自身のSNSでは当時の苦しい日々についてはほとんど触れられていないようですが、どうしてですか。 SNSに出しちゃうと、周りも騒がしくなって、私に対して大丈夫?って心配するようになる。そうすると、私自身が気丈にふるまえなくなって自分を保てなくなっちゃうし、やるべきことができなくなっちゃいそうで。 それに、SNSを見てくれる人たちに明るい話題を提供するのが私の役目。だからずっと、何事もなかったかのように料理や子どものことなどを投稿して、明るくふるまってました。逆に、「SNSでは元気な私でいよう」と明るくふるまうことで、私自身が救われた面もあった気がしますね。 ――緊急搬送から約1カ月後の12月には、うのさん自身も入院されていたそうですね。 疲れや睡眠不足とかがあると、悪いところが痛くなる。私の場合は腰にきちゃったんですよ。過去にヘルニア手術をしていところ。それで腰にブロック注射を打っていたら、針の当たり所が悪くて、「脳脊髄液減少症」っていう病気になっちゃったんですよ。そういうことはまれにあるんですって。脳の髄液が漏れちゃう病気で、立ち上がると、ものすごい頭痛と吐き気がくる。一切動けないんですよ。だから丸5日間ずっと点滴して、安静にしていました。 ――「夫婦共倒れ」の状況の中、病床ではどんなことを考えていましたか。 私しか彼の病院に入れないのに、その私が入院して行けなくなったら、彼がかわいそうだと思った。彼にはリハビリに専念してほしいのに、私のことで心配をかけてしまいますし。あとは9歳の娘がかわいそうで……パパもママも入院しちゃったから。おばあちゃんおじいちゃんの家でも、娘なりにちゃんとしないとって気丈にふるまっていたみたいで。私が退院して、娘によく頑張ったね~と褒めたら、ピーンと張りつめていたものが切れたんですかね、急に泣き出して、甘えんぼさんになりました。 同月に旦那が退院して家族3人そろった時は、私も娘もすごく嬉しかった。元気になって良くなってくれたことが、一番のご褒美でした。 ――その後、今年7月12日にはSNSで、過去に3回流産したことを公表されました。このタイミングで公表されたのはどうしてでしょうか。 インスタライブをやった時、「うのちゃん、二人目のお子さんは考えてないんですか?」って質問がきたの。心の傷が癒えていないときだったら答えるのが嫌だっただろうし、スルーしていたと思う。でも、今はだいぶ癒えました。私はなるべくファンの方の質問にお答えしたくて、3回流産したことを言ってみたの。その時はみんなびっくりしていたけど、「私もです」と共感してくれる方や、私が言ったことで励まされたと言ってくれる方もけっこういらっしゃったんです。それに気づいて、ログの残らないインスタライブだけでなく、ちゃんと書こうと思ったんです。 ――心の傷が癒えるには、時間がかかったと思います。 当時はすごくショックでした。喜んで落とされて、また喜んで、落とされて……。1回流産して、2回目妊娠した時は「今度こそ」と思うじゃないですか。1回目のつらい経験をしたからこそ、余計嬉しい。でも、いきなり動かなくなって死んじゃって。 3回目のときは、男の子ってわかってたんですよ。昔、占い師に「女の子を先に産んで、その次に男の子を産みますよ」って言われていたし、「3度目の正直」でようやく産まれると思ったら、「二度あることは三度ある」になっちゃって。特に3度目の時は、精神的に本当にきつかったですね。 いろんな試練がありすぎて、命の大切さが身にしみてわかった。4回妊娠して一人ですよ。それで、今ある幸せに感謝することが本当に大事だなと。今思えば、神様からいろんなことを考えさせられる試練だったのかなって。 ――さまざまな試練を経て、気づかれたことや読者に伝えたいことは。 幸せって結局、自分の心のあり方次第なんですよ。 小さなことを幸せだなと思えること自体が、すごく幸せなことであって。おいしいケーキを食べた時のような、小さな幸せを味わえる心を持ち続けたいなって。 何か嫌なことやつらいことが続いても、「私ってなんでこんなに不幸なんだろう」と悲観してはダメ。自分を強くさせてもらうための、神様からのドリルと思ってやるしかない。つらいことに耐えられたからこそ、小さな喜びが大きく感じられたりする。今までだったら気づかなかったような、小さな幸せを感じられる。 明石家さんまさんが、娘・IMARUさんの名前に「生きてるだけで丸儲け」の意味を込めていたように、本当に、生きてるだけで丸儲けだよねって思う。人間って、それぐらいポジティブに考えられる「幸せ脳」みたいなものを作れるか作れないかだと思うんですよ。 だから私、今ある幸せをすごくかみしめています。夫が生きていてくれる幸せ。娘が健康でいてくれる幸せ。子育てができる幸せ。今あることに、常に感謝ですね。 (構成/AERA dot.編集部・飯塚大和)
70歳超で死んだら“年金繰り下げ”の恩恵なし 年金改正案の不公平感
70歳超で死んだら“年金繰り下げ”の恩恵なし 年金改正案の不公平感 ※写真はイメージです (GettyImages)  受給を遅らせれば増額されていく年金「繰り下げ」。人生100年時代の“武器”として期待が高まっているが、来年春からの上限年齢拡大に伴って「不公平」とも思える事態が発生することが新たにわかった。70歳超で死亡してしまえば、一切の恩恵が得られないというのだ。 *  *  * 「政令に入れたほうがいいと思っていたことが明確に否定されていたので、『結果』を読んでビックリしました」  こう話すのは、年金実務に詳しい社会保険労務士の三宅明彦氏だ。  年金大改正は来春からその主要な改正が始まる。法施行に伴って、具体的な運用などを定めた政令も改正される。この5月から6月にかけて、その政令改正案について国民から意見を求めるパブリックコメントを募った。 「結果」とは、厚生労働省に寄せられた意見の概要と、意見に対する厚労省の考え方をまとめた8月6日付の文書をさす。 公表された年金に関する政令案へのパブリックコメントの結果(専用サイトから)  三宅氏が続ける。 「いくつか疑問があるのですが、とりわけ納得がいかなかったのは、70歳超の繰り下げの部分です。70歳をすぎて不幸にも死亡すると、繰り下げ待機の成果を一切認めないと厚労省はいうのです」  一方で、同様のケースで生きている人が年金を請求すると、繰り下げの意思を示さなくても示したものとする「特例」ともいえる取り扱いをしてくれるという。  元の年金額にもよるが、平均的な元会社員を想定すると、もらえる金額に100万円単位の差が生じることがわかった。  来春から繰り下げの上限年齢が「70歳」から「75歳」に拡大されるのは、今回の大改正の目玉の一つだ。その目玉施策で大きな不公平ともとれる事態が発生するというのである。いったい、どういうことなのか。  年金繰り下げは、本来は65歳で支給開始となる年金を、受給時期を遅らせてもらう制度だ。長く遅らせるほど年金額は増える。1カ月遅らせると0.7%増。現行制度では70歳まで最長5年遅らせることができ、42%(0.7%×12カ月×5年)増えた年金をもらえる。それを増額率はそのままで「75歳」まで延ばす。  これが目玉とされるのは、繰り下げが超高齢社会を生き抜く大きな武器になると見られているからだ。長く働くことが推奨され、年金をその間もらわずにいれば受給額を増やせる。年金財政が厳しさを増すなか、高齢者が“自助努力”で老後資金を増強できるのだ。  これまで繰り下げは余裕のある人の制度とみられ、挑戦する人も少なかったが、すっかり様変わりしつつある。老後資金で今や繰り下げを語らないお金の専門家はいないといってもいいほどだ。  さて、繰り下げを実行した場合の年金のもらい方である。  増額された年金を請求時からもらい始めるノーマルな方法以外に、もう一つ、あえて繰り下げを選択せずに65歳からもらえる年金を「一括受給」する方法がある(「さかのぼり請求」という)。例えば、68歳で繰り下げを選択せずに請求すれば3年分を一度にもらえる。繰り下げするつもりでいたが、大病でまとまったお金が必要になったときなどに便利で、年金制度の柔軟さを示す例として紹介されることが多い。  さらに、年金には「5年」という時効ルールがある。権利発生から5年たつと、年金をもらう権利が消滅してしまうのだ。このため、さかのぼり請求した場合、70歳をすぎると時効消滅する部分が出てくる。例えば、73歳で繰り下げを選ばずに請求したとしよう。「5年ルール」に従うと65~67歳の3年分は時効消滅し、年金額は繰り下げを選んでいないのだから65歳からの金額が5年分となる。  上限が70歳までなら、まだこれでよかったのだろう。しかし75歳に上限を引き上げると、難題が生じる。70歳をすぎても繰り下げ増額は続く。繰り下げを選ばなかった場合の時効消滅部分をどう見ればいいのか……。  そこで今回、厚労省が考え出したのが「5年前繰り下げみなし増額」という新制度だった。例えば、73歳で繰り下げを選ばずにさかのぼり請求した場合は、5年前に繰り下げしたものと“みなし”て、そこまでの増額(67歳までの3年間だから25.2%増)を認めるのだ。具体的には、25.2%増額した年金を5年分もらえるうえに、請求以降はその25.2%増額した年金を終身受給できる。 ※厚生労働省の資料をもとに一部加工 (週刊朝日2021年9月10日号より)  受給者にとっては、ずいぶんうれしい新制度だ。ところが、である。この「5年前繰り下げみなし増額」が認められるのはさかのぼり請求した場合に限られ、繰り下げ待機中に年金を請求しないまま死亡した場合には適用されない。その方針が公表されたのが、冒頭で紹介した文書だ。  死亡した場合、支払うべきだったものがまだ支払われていないという意味で、「未支給年金」と呼ばれる年金が遺族に支給される。同じく73歳で死亡した場合は、65歳で受給権が発生しているので8年分もらう権利があるが、時効ルールで3年分は消滅、死亡時前の5年分となる。  お気づきだろうか。これは70歳超でさかのぼり請求した場合と、構図はまったく同じである。ところが、文書には次のような趣旨のことが書かれてあるのだ。 「本政令案においては、未支給年金について『5年前繰り下げみなし増額』の規定を適用するための特段の措置は行いません。このため、未支給年金には『5年前繰り下げみなし増額』は適用されません」 ※厚生労働省の資料をもとに一部加工 (週刊朝日2021年9月10日号より)  厚労省のこの方針を適用すれば、70歳をすぎて死亡した場合は、今の制度と同じ65歳からの年金額が5年分支払われるだけになる。  繰り下げの年齢拡大に応じて70歳での42%増のさらに上をめざして懸命に続けても、これでは死亡してしまえばその間の努力はすべて「パー」になってしまう。  先の三宅氏が首をかしげる。 「両者の差が大きすぎます。著しい不公平といってもいいほどです」  年金で「不公平」は許されないことだろう。三宅氏は、そもそも「5年前繰り下げみなし増額」という新制度自体に法律上、無理があると見る。 「だって、そうでしょう。繰り下げの意思を示していないのに繰り下げしたとみなすわけですから。今でも70歳を超えて請求した場合に『みなし規定』がありますが、これは70歳以降は増額がない制度のなかでの特例的な取り扱いです。それを70歳超も増額が続く繰り下げ制度全般に広げるのは、相当な“拡大解釈”のように思えます」 ※厚生労働省の資料をもとに一部加工 (週刊朝日2021年9月10日号より)  それでも、さかのぼり請求をする人に有利な取り扱いなので、「うれしい拡大解釈」と見ることにしていた。だが、未請求で死亡した人には、それが認められないとあっては話が違ってくる。  三宅氏は、70歳超でさかのぼり請求をして請求直後に死亡する「究極のケース」で見ると違いがハッキリわかるという。  例えば、75歳でさかのぼり請求をしてから死亡した人がいるとしよう。この場合は請求が終わっているため「みなし増額」が認められる。75歳の5年前、70歳で繰り下げしたことになり、42%増額された年金が5年分遺族に支払われる。一方、同じ75歳で未請求で死亡すると、増額されない年金だけが5年分だ。 「死亡前に請求をしたかどうかで、それも繰り下げ請求ではなく、さかのぼり請求によるもので、未支給年金にこれだけの差が出るのです。これは『こういう制度だから仕方がない』では許されないのではないでしょうか。一般の人に、この取り扱いの差を理解してもらえるのかもはなはだ疑問です」(三宅氏)  具体的にどれぐらいの金額差が出るのか。老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせて65歳から200万円受給できる人のケースで、両方の年金を繰り下げて「さかのぼり請求をした場合」と「未請求で死亡した場合」の受取額を年齢ごとに試算した。繰り下げは75歳まで可能になるから、その5年後、80歳までを対象にした。 (週刊朝日2021年9月10日号より)  二つの数字を比べていただきたい。何たる“落差”。生きてさかのぼり請求すると、65歳以降の期間がすべて待機やみなし期間になるため、年齢が上にいくほどもらえる金額が大きくなる。一方、死亡の場合は、何歳で死んでも65歳からの年金額5年分だから、両者の差は年齢が上がるほど広がる。なんと75歳で420万円、80歳だと840万円にまでなる。三宅氏が「不公平」とするのもうなずけるのではないか。  では、どうすれば不公平はなくせるのか。 「生きてさかのぼり請求した人には拡大解釈してみなし増額を認めているのですから、繰り下げ待機中に死亡した人にも同様の拡大解釈を認めるべきです。どちらも繰り下げの意思を示していないのは同じですから。すなわち、死亡した日の5年前に繰り下げしたものとみなして、増額した年金を5年分未支給年金として支給すればいいのです。政令を改正すれば済む話です」(同)  三宅氏が心配するのは、せっかく高まり始めた繰り下げ“歓迎ムード”への影響だ。 「これでは70歳を超えた繰り下げはデメリットが大きすぎると言わざるを得ません。繰り下げする意欲がしぼんでしまう可能性がありますね」(同)  確かに、そうだ。こうしたリスクが明らかになれば、70歳を超えての繰り下げには尻込みする人が増えるだろう。幸い、「5年前繰り下げみなし増額」が施行されるのは2023年4月。まだ1年半余り、時間がある。  繰り下げのリスクでいえば、本誌20年10月9日号で取り上げた「妻に先立たれたら繰り下げできなくなる」とする論点もある。今回の文書でも、年金相談の現場で、この論点が問題視されているとする意見があった。  これは自分の老齢年金以外のほかの年金の受給権者になってしまうと、65歳時点では「そもそも」、それ以降は受給権の発生時点で繰り下げができなくなるという問題だ。いまの年金世代の妻たちは、学校を出て短期間、会社で働き、専業主婦になった例が多く、老齢厚生年金は少額のことがほとんどだ。それでも妻が先に亡くなると、妻の遺族厚生年金の受給権が夫に発生し、少額の権利のために夫が繰り下げできなくなってしまうのである。  この問題を解決するには政令ではなく法改正が必要だが、今回の年金改正とは関係がないため、厚労省は文書では「今後の参考にする」と回答するのみだった。  三宅氏は、この点を含めて制度改正を求める要望書を作成し、賛同者を集めて今後、関係各所に提出していく構えだ。  繰り返すが、繰り下げは人生100年時代の武器として期待されている。ぜひとも公平で使い勝手がよい制度にしてほしいものだ。(本誌・首藤由之) ※週刊朝日  2021年9月10日号
20代新婚夫婦が女子高生を「殺害」した仰天の動機
20代新婚夫婦が女子高生を「殺害」した仰天の動機 署に入る小森和美容疑者(C)朝日新聞社  東京都の私立高校3年、Aさん(18)が行方不明になっていた事件は、想定外の結末となった。 山梨県早川町の県道沿いの小屋でAさんの遺体が発見されたのは8月31日。警視庁は群馬県渋川市渋川、職業不詳の小森章平(27)容疑者、妻の和美(28)容疑者を死体遺棄容疑で逮捕した。 夫の章平容疑者と妻の和美容疑者は、今年5月に結婚したばかりの新婚だった。なぜ、都内在住のAさんを殺害するという凶行に及んでしまったのか? きっかけは、ツイッターだった。和美容疑者が章平容疑者の携帯電話を見たところ、女性と連絡を取っていることを発見。問い詰めたところ、Aさんであることがわかった。「章平容疑者はAさんとLINEのメッセージでやりとりしていた。だが、会ったこともなく、ただツイッターがきっかけでつながっているだけだった。結婚後もメッセージを交換していたことに和美容疑者が激高した」(捜査関係者) そこで章平容疑者は和美容疑者の怒りを抑えようと、Aさんを呼び出して、会うことにした。2人は8月28日、東京都のAさん宅近くまで迎えに来たという。「友人の家に行く。夕方には帰る」と言い残し、家を出たAさん。章平容疑者と和美容疑者の車に乗った後、群馬県の2人の自宅まで連れて行かれた。その日夜、Aさんは2人の自宅に泊まったという。 一方、Aさんの自宅では、帰宅しないことを心配した両親が警察に連絡。捜査がはじまると、Aさんが2人の車に乗り込んだことが判明した。防犯カメラやNシステムで追跡したところ、長野県辰野町のパーキングエリアで車を発見。「章平容疑者と和美容疑者を問い詰めたところ、鷲野さんの死体を遺棄したことを認めて場所を案内させた」(捜査関係者) それが山梨県早川町の小屋だった。偶然、見つけた小屋に2人はAさんを連れて行き、持っていたナイフで刺し、ロープで首を絞めたという。 遺体が見つかった山梨県内の小屋(C)朝日新聞社 犬の保護活動をしていた小森章平容疑者(SNSより) 「嫉妬して、私が刺した」と和美容疑者は殺人についても認めるような供述をしている。2人が使用したロープやナイフは章平容疑者の趣味であるキャンプで使用していたものだという。 章平容疑者のフェイスブックには、<大家族の大黒柱!趣味はもの作り・アウトドア・機械系メンテなど犬様&猫様と共にわちゃわちゃしながら生活中>と自己紹介されている。不思議なことに大家族と書きながら「独身」とある。 写真を見るとアウトドアに出かけているものや、保護犬活動をし、たくさんの犬と一緒に章平容疑者が映っているものがある。 また、サバイバルゲーム(サバゲ―)が好きなのか、ライフルやけん銃を構えている写真もあった。「犯行は和美容疑者が主導したが、章平容疑者はキャンプ用ロープを車から持ち出し、Aさんの首を絞めたりしたようだ」(捜査関係者) しかし、章平容疑者のフェイスブックを見ると、犬のためにオリジナルの首輪を買ったなどと投稿。けん銃を持つ写真に友人が、<小森に殺される>と呼びかけると、<お前殺して人生ダメにしたかないな>と返信。凶暴さは、コメントからうかがえない。 また、章平容疑者のフェイスブックやツイッターにはアニメのキャラクターがたくさんアップされている。章平容疑者の友人は話す。「章平容疑者はアニメとサバゲ―、キャンプなどが大好きですね。普段はおとなしい、気のいいヤツ。しかし、何かのきっかけでスイッチが入ると暴れだすようなところがある。サバゲーで使うけん銃で人を狙ったりとかする、ヤバイところがある」 そんな「凶暴性」が事件に影響したのだろうか。また友人は章平容疑者と和美容疑者の出会いについてこうも話す。「結婚した和美容疑者とはお互いにアニメ好きでそれが高じて知り合い、結婚した。和美容疑者の家に転がり込んで、生活していると聞きました」 章平容疑者と和美容疑者の共通の趣味はアニメ。  サバイバルゲーム好きの小森章平容疑者(SNSより)  略称で「バ美肉」と呼ばれるバーチャル美少女受肉ものが好きだという。バーチャル空間で美少女を3Dモデル、2Dアバターなどで作成。自分好みの声やコスチュームなどをアレンジして活動、美少女になりきり、かわいさを徹底追及するものだという。「バ美肉」の映像をネット検索すると、ファンタジーのようなものが多い。「章平容疑者はAさんに会ったことがない、と何度も言ったそうだ。しかし、和美容疑者が『そんなことはない、確かめる』と言い出し、最後は殺害してしまった。2人が好きだったアニメとはまったくの正反対の残忍さだった」(捜査関係者) とんでもない夫婦に命を奪われてしまったAさんは、大学受験を控えて、勉強の日々だったという。(AERAdot.取材班)※ 記事は重大事件の容疑者の人となりに迫ろうとしたものであり、趣味と容疑とを関連づけるものではありません。しかし、読者に誤解を与えかねないとのご指摘を受け、見出しの「『バ美肉』、アニメ好きの」は削除しました。お詫びして訂正します。
“カレーおじさん”役のリリー・フランキー「今っぽい映画になった」
“カレーおじさん”役のリリー・フランキー「今っぽい映画になった」 映画「その日、カレーライスができるまで」は、9月3日から池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開(c) 2021『その日、カレーライスができるまで』製作委員会 リリー・フランキー (c)HIROSHI NOMURA  リリー・フランキーさんは、来年公開の日英合作映画の撮影のために、8月上旬までロンドンに滞在した。撮影を終え帰国すると、東京で2週間の隔離生活に入った。 「最初の6日間はホテル生活。そこでの生活は、まるで未来の刑務所にいるみたいでした。1日3回、『お弁当はドアノブにかけてあります。外に出ないように取ってください』という館内放送があって、廊下をウロウロすることも許されない。ホテル隔離の後、自宅に戻ってからも一歩も外に出てないです。心配してくれている知り合いがお弁当を届けてくれることもありますが、食事のほとんどはUber Eats。もともと、ものを書いていて1週間ぐらい外に出ないことはあったけど、コロナ禍を経験すると、Uberさえあれば外に出なくても生活できるんだなぁと実感しますね」  普通にスーパーに買い物に行けていたときは、よくカレーを作っていた。コンロの前で火加減を見るような料理ではなく、カレーや筑前煮など、しばらく放っておいても大丈夫な煮込み料理は、物書きが作るメニューとしては都合がいいという。  9月3日に公開される映画「その日、カレーライスができるまで」で、リリーさんは、別れた妻を思って、3日かけてカレーを作る男を演じている。企画とプロデュースを担当したのは映画監督としても活躍する、齊藤工さん。大ヒットドラマ「半沢直樹」の脚本も手がけた金沢知樹さんが、スーパー・エキセントリック・シアターの野添義弘さんの還暦記念公演のために書き下ろした一人芝居が原案になっている。 「家にたった一人、ラジオを聴きながら、ぐずぐずカレーを作るおじさんの話です。そう言ってしまうと、『何が面白いんだ?』と思われそうですが、コロナ禍になって、こういう生活をしているおじさんはいっぱいいるんじゃないかな、と。スーパーに行くしか自由がない人。大切な人に会いたくても会えない人……。人は人とつながっていかなければいけないけど、それが許されない時代に、ラジオがある役割を果たしてくれる。かなり今っぽい映画になったんじゃないかと思いますね」  制作は、2020年放送のドラマ「ペンション・恋は桃色」を作ったときのチームが再結集。今年になってドラマのプロデューサーだった小林有衣子さんから、「また一緒に何かやりませんか」という話があり、スタッフが集まって打ち合わせを3回。撮影は4月。撮影日数も2日半で、約3カ月後に公開というスピーディーな展開だった。 「今までの映画だったら、話があってから半年後ぐらいに撮影して、公開がそのまた1年後だったりする。でも小林さん、工くん、(監督の)清水(康彦)さんがそろうと、短編を撮っていくようなフットワークの良さで、ニュース性のあるものをすぐ映画にして公開できた。『恋は桃色』のときも、山中湖にみんなで泊まり込んでものを作っていく感じが部活っぽかったんです。記録的な大雪の降った次の日、撮影は休みになるのが普通ですが、テニスコートのシーンで、『雪が積もっているほうが面白い』と撮影を強行した。そういうことができるチームなんです」  映画では、主人公のラジオへの投稿が読まれたことで、それまで未来に絶望していた男にちいさな奇跡が起きる。リリーさん自身、ラジオとの付き合いは長く、今もTOKYO FMで「スナック ラジオ」というレギュラー番組を持っている。 「ラジオって、昔はチューニングしながら聴いていたのが、今はラジコがあるからどんな場所にいてもベストチューニングで聴けて、自分好みの番組を探しやすい。テレビと違って、ラジオパーソナリティーとリスナーの距離が近いのがラジオ。その人の生活も動かすことができるし、リスナーと一対一の関係になれるんです」  リリーさん演じる健一は、映画の中のラジオで、自分の投稿が読まれ、顔をほころばせていた。 「演じていても、嬉しい気持ちになりました。俺が今やっているラジオでも、旦那さんが刑務所にいるという女性が、『刑務所では結構ラジオが聴けるので』と旦那さんに向けてメッセージを投稿したりする。SNSの時代に、電波を使ったアナログ感があるんだけど、いわゆる伝言板の役目を果たしているんです。映画の中で起こった“ちいさな奇跡”も、実はそんなにドラマチックなことじゃなく、案外一般的なことかもしれない」  リリーさんは、この映画のことを「自分の家で、自分の好きなメディアで、自分の好きなボリュームで観るタイプの映画ではない」と断言する。 「音を感じる映画だと思いますね。雨の音、カレーがグツグツ煮える音、隣の物音、人の気配、ラジオから流れる音楽と言葉。そういう音色や音質を肌で感じるには、映画館で観てもらうのが一番だと思います」 (菊地陽子 構成/長沢明) リリー・フランキー/1963年生まれ。福岡県出身。イラストレーターや放送作家、エッセイストなど、さまざまなジャンルで活躍しながら、2005年に発表した初の長編小説『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』が06年本屋大賞を受賞。絵本『おでんくん』はアニメ化された。映画の代表作に、「ぐるりのこと。」(08年)、「凶悪」(13年)、「万引き家族」(18年)など。来年公開の日英合作映画「コットンテール」に主演。 >>【後編/「結婚なんていうのは…」 リリー・フランキーが樹木希林と交わした会話】へ続く ※週刊朝日  2021年9月3日号より抜粋
トライアスロン銀メダル宇田秀生「なんてことない」 サッカーで鍛えた体と心
トライアスロン銀メダル宇田秀生「なんてことない」 サッカーで鍛えた体と心 うだ・ひでき/1987年、滋賀県甲賀市出身。NTT東日本・NTT西日本所属。関西外国語大学までサッカーを続け、26歳のときに仕事中の事故で右肩から先を切断。リハビリで水泳を始め、トライアスロンに転向。事故から約2年後の2015年に競技デビューし2位。2大会目となったアジアパラトライアスロン選手権で優勝するなどすぐに頭角を現す。17年7月には世界ランキング1位に。障害クラスはPTS4(写真/伊ケ崎忍)  東京パラリンピックは8月28日、トライアスロンがあり、男子PTS4クラスに宇田秀生(34)が出場。AERA2019年11月18日号のインタビューを紹介する(肩書、年齢は当時)。 *  *  *  遠泳後に海から上がると自転車をこぎ、長距離を走る。この「最も過酷なスポーツ」とも評されるトライアスロンを、宇田秀生は利き腕を失ってから始めた。  結婚して5日後。仕事中に機械に巻き込まれ、目の前を自分の右腕が飛んでいった。一命を取り留めたが、できないことばかり目につく日々。病室で妻と何ができるのかを考えていたときに気づいた。 「パラリンピック、出られるんちゃう?」    事故の3カ月後に水泳、1年後にはトライアスロンを始めた。ランは片腕でもバランスを崩さず走れたが、ロード用自転車は前傾姿勢で目線も低く、ましてや片腕。最初は怖かった。左のレバーだけで前後のブレーキが利く自転車を特別に作ってもらって試合に出場すると、2戦目のアジア選手権で優勝。その2年後には世界ランキング1位にまで上り詰めた。    強みは、プロを目指し16年間打ち込んだサッカーで鍛えた体と心だ。自慢の脚力に加え、片腕一本でもフォームが安定するのはサッカーで培った強い体幹のおかげ。レースで苦しいときには、高校時代の練習を思い出し、「それと比べたら、なんてことない」と耐え、さらに一つ上の順位を狙う。    自転車とラン、トランジションは世界トップレベル。課題はスイムだ。やはり片腕だけだと推進力を生み出すのは難しいのかと問われた宇田は、「僕の技術力とパワーが足りてないだけ」。失ったものを嘆くのではなく、何ができるかを考え、前に進む。“パラリンピックの父”ルートヴィヒ・グットマン博士の言葉を体現するかのように。   (編集部・深澤友紀) *  ** ■トライアスロン  車いす、義足、視覚障害などの選手が参加し、距離は五輪種目の半分のスイム750メートル、バイク20キロ、ラン5キロで競う。スイムからバイク、バイクからランへ移る際の「トランジション」もタイムに含まれ、各選手の工夫も見どころ。一般のトライアスロン以上に選手の各種目の得意不得意が表れ、目まぐるしく順位が入れ替わる。リオ大会から正式競技となった。 ※AERA2019年11月18日号に掲載
青酸連続死事件の死刑囚と面会65回 「私が見た筧千佐子」全記録
青酸連続死事件の死刑囚と面会65回 「私が見た筧千佐子」全記録 筧千佐子被告 (c)朝日新聞社  京都、大阪、兵庫で2007~13年、夫や交際相手ら4人に毒物の青酸化合物入りカプセルを飲ませたとして、殺人罪などに問われた筧千佐子被告(74)の死刑が7月に確定した。拘置所で面会を重ねた記者が、「後妻業」を地で行った女性の素顔に迫る。 ●青酸連続不審死事件  3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪に問われた筧千佐子被告は、捜査段階では自白したとされるが、一審・京都地裁の公判では供述を二転三転させた。弁護側は一連の事件は直接証拠に乏しく、被告は認知症で責任能力もないなどと無罪を主張したが、一・二審ともに判決は死刑。最高裁も弁護側の上告を棄却し、死刑が確定した。 *  *  * 「男前や。オトコマエ」  最高裁判決を目前に控えた6月23日、大阪拘置所で2年ぶりに顔を合わせた千佐子被告(当時)は私の顔を見るなり、こう言って目を細めた。被告とは2017年の一審・京都地裁の裁判中から65回ほど面会を重ねてきたが、久々の再会で私が誰かを分かっていなかった。そこで刑務官に断り、一瞬だけマスクを口元までずらして顔を見せてみたのだ。  被告はひざ丈ズボンに紺色のTシャツ姿。白くなった髪の毛は肩まで伸びていた。死刑が確定すれば、家族や弁護士以外とのやりとりは原則できなくなる。被告と話をする最後の機会になると思い、東京から駆けつけたのだった。  私は人に「男前」と言われたことなど一度もない。会話の中で相手が喜びそうな言葉が自然と、反射的に飛び出してくるのがこの人の特徴だ。ほほえみながら「こうして若い男の人が訪ねてきてくれるとうれしい。元気が出るね」と言う。  あるときは私を指さし、「おっ、良いネクタイをしているね。私は美術部だったから色のセンスが分かるんよ」と褒める。またあるときはアクリル板越しに私の顔をまじまじと見つめ、「先生は良い目をしている。裏表がない目や」。一審の裁判中には、私以外とは誰とも面会していないと言い、「先生は私が認めた人やから」と、さりげなくあなたは特別だとアピールしてきたこともあった。  こうした反応は私が男だから、というわけでは必ずしもないようだ。被告と面会したことのある女性には、「私も女やから、同性の方だと安心しますね」と喜んだという。このような態度は被告の体に染みついたものだ。 「私はおしゃべりが大好き。友達も多かったからどんな話もできるよ。エッチな話以外はね」。ちょっとした雑談でも話を合わせ、話題を展開させるのが得意だった。 拘置所の筧被告から記者に届いたはがき (c)朝日新聞社  飛び抜けて美人でもなく、どこにでもいそうなおばちゃんにしか見えない。そんな彼女に多くの男性が魅了された理由を考えながら面会を続けてきたが、端的に言えば、一緒にいて楽しい気持ちになれたからに違いない。「後妻業」事件として有名になったが、必ずしも被告側から男性に猛アタックしたわけではなかったのだ。  相手の良いと感じたことを率直に口にする、あらゆる話題に話を合わせ、冗談好きで明るい、細かいところに気がつく──。コミュニケーション力が高く、頭の回転の速さを感じることも多かったが、それは同時にこの人の調子の良さを表してもいた。  千佐子被告は北九州で生まれ育った。幼い頃から勉強はできたといい、福岡県の進学校、県立東筑高校に進む。将来は国語の先生になるのが夢で、高校では九州大学への進学を勧められたが、父親に反対され断念。この悔しさは相当なもので、面会のたびに「大学に行っていたら違う人生があったはず」と口癖のように繰り返した。  高校卒業後は大手銀行の北九州の支店に勤務。鹿児島県を旅行中、最初の夫となる大阪府出身のAさんと出会い、23歳で結婚する。だが、その後の生活は思い描いていたものとはかけ離れていたようだ。私との面会で、「最初の結婚が最大の失敗だった」と何度も繰り返した。 ■カネの苦労続き 結婚を繰り返す 犯行に使ったとされるカプセル (c)朝日新聞社  Aさんの地元は綿織物が盛んな地域。九州から出稼ぎに来た「女工」や「織子」と呼ばれる若い女性も多く、親族には「うちのAが織子とできたように思われる」と結婚を反対され、「世間体が悪いとまで言われた」と被告は振り返った。  Aさんは中卒。有名高校を卒業し、銀行で働いていた被告にとって、親族からのこの言葉はプライドを大きく傷つけるものだった。北九州の父は「誰も祝福しないような結婚はやめるべきだ」と声を荒らげ、母は泣いて引き留めた。「気が弱く、親族の会社でアルバイト程度しか給料がない」というAさんに被告は同情し、「自分が幸せにしてあげなければ」と結婚に踏み切った。  Aさんは親族の経営する運送会社で働き、ミカンを栽培するなどして生計を立てていた。被告はAさんの実家近くで生活を始め、子ども2人をもうけたが、近所にはAさんの親族がおり、被告に言わせれば「箸の上げ下げまで見られるような息の詰まる毎日」。ここから逃げ出したいとの思いをいつも抱いていた。  そんなとき、被告はAさんに、自宅の敷地内でシャツにプリントをする工場を始めたいと持ちかける。親族の会社で生計を得る暮らしから、少しでも独立したかったからだ。だが中国産の安価な製品が出回るようになると経営は厳しくなり、借金が膨らんでいく。  Aさんは1994年、50代半ばで死亡し、生命保険金はすべて借金返済にあてられた。カネの苦労が絶えず、被告はこの頃から周囲に借金を繰り返しては投資に手を出し、失敗を重ねていたようだ。  北九州の両親を訪ね、援助を求めたこともある。「100万、200万のケタじゃない。2千万円はあったと思う」と話すほどの金額だった。「両親はずっと結婚に反対したのに、いまでも申し訳ない思いや。私が財産の全部をとってしまった」と被告は涙ながらに振り返った。母は後に自ら命を絶ったという。被告が結婚相談所に登録したのはそんなタイミングだった。Aさんの死亡から4年が過ぎていた。  ここから車を次々と乗り換えていくかのような「後妻業」が始まる。その後も3度にわたって結婚を繰り返すが、夫や将来を約束した男性らは立て続けに死亡していった。裁判で認定されたのは3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪。被害者は4人ということになっているが、それはあくまで裁判ができる証拠がそろった事件だけだ。 ■何人を殺めたか 自分も分からず (週刊朝日2021年9月3日号より)  被告が何人を殺(あや)めたかは謎のままだが、少なくとも元夫や交際相手だった計12人が亡くなっている。死因の多くは「病死」。高齢で持病のある人が多く、急死しても当初は事件性を疑われることはなかった。交際中から遺産を被告が受け取る旨の公正証書遺言を書いてもらったケースもあった。  面会で、私は亡くなった人たちのことを繰り返し話題にした。元夫や交際相手の写真を持参し、アクリル板越しに見せたこともある。 「この人は不動産王やね。とにかくいっぱいお金を貸してくれた」「この人も良い人。お金持ちやったわ」。印象的だったのは、相手によって記憶に濃淡があったことだ。彼女にとって「良い人」とは経済的に裕福な人だった。そのほかの男性たちについては「真面目な人や」「健康オタク」「フレンドやね」などとあっさり言うのみ。愛情めいたものはまるでなかった。  一方で被告がのめり込んでいたのがリスクの高い先物取引だった。損失を重ねるほど、カネを取り返そうとの焦燥感に駆られ、さらに損失を膨らませていく。07年ごろには、3億円の損失を出していたことも裁判で明らかになった。  交際相手らから大金を預かるものの、結局は投資で失ってしまう。返済を求められると、今度は別の相手から預かった大金をあてる。被告は次のターゲットを探さなければならない。そのためには結婚もする。自転車操業の連続だった。こんな綱渡りのような生活で、一人ひとりに異性としての愛情を持つ余裕など、あるはずがなかった。  何人を手にかけたのかは、自分でもよく分からないようだった。  京都拘置所での面会で、被告が犯行に使っていたとされる健康食品のカプセルを持参したことがある。同じ健康食品を買い求め、被告に見せて反応を観察しようと考えたのだ。被告は少し驚きながら、「へぇー、懐かしいね」と笑みを浮かべた。自身も友人に勧められ、健康食品を飲み続けていたという。「青酸を混ぜていたのはこのカプセル?」と水を向けると、被告の表情からスッと笑顔が消えた。「……これで殺したとは言いたくないし、でも使っていないと言えばうそになるね」  まず自分が健康食品のカプセルを飲んでみせ、相手が興味を持ったところで青酸入りのカプセルを勧めたようだ。被告によると、間違って自分が青酸入りを飲まないように大小の袋を1枚ずつ用意する。「大きな袋に毒入りカプセルを入れ、小さな袋に入れたものを私が飲む」。コーヒーなどに混ぜるのではなく、カプセルを使った理由を問うと、「口やのどで溶ければ、おかしいとすぐに分かるじゃないの。胃の中で溶かそうと思えば普通はカプセルを使うでしょう」。被告なりに綿密に計画を立てた上での犯行だった。  被害者はどのように死に至ったのか。被告は、カプセルを飲ませた後、「しばらく会話はできた」とまでは説明したものの、それ以上の質問には口をつぐんだ。私の顔を見てはいるものの、無表情で感情を読み取れない。アクリル板に近づいていたはずの上半身は後ろに下がっていた。 「苦しむ被害者を見て、怖いと思ったことは?」。そう切り出した私に、被告はしばらく黙った後、「……先生、それをよく私に聞きますね」とだけ言った。  さっきまで冗談を飛ばしていた被告が、能面のような表情で私の目を見つめてくる。面会を繰り返す中で、唯一気味悪く感じた場面だった。  最も不可解だったのは、被告から被害者への謝罪の言葉がまるで出ず、誰に対する殺害理由も決まって「差別されたから」と言うことだった。このときの被告は強い怒りをにじませ、「人種差別のようだった」とまで口走ったが、具体的な差別の内容を説明できたことはない。強い被害者意識を抱いていたのは確かだが、常識的に考えても、これから将来をともに過ごそうとする男性らが被告を差別するはずがないのだ。  彼女の人生を繰り返し聞くにつれ、「差別されたの」という言い回しが、最初の夫、Aさんの親族に向けられたものとまったく同じだと気づいた。  それは彼女の中で渦巻くマグマのような感情だった。「もし憲法で一人だけ殺しても良い人がいるのなら……」と親族の名前を挙げて興奮し、「この板をぶち割ってやりたいぐらいや」と両手の爪でアクリル板をたたいて、刑務官が制止しようとしたこともある。 ■「差別」思い込み 都合良く上書き 逮捕前の2014年3月、報道関係者に囲まれ質問に答える (c)朝日新聞社  この親族から受けたという「差別」を、なぜか被害者からの仕打ちと混同していた。「それは違うでしょう」と指摘すると「そうやね。(被害者に)恨みはないもんね」とその場では理解はするものの、しばらくするとまた元に戻ってしまう。  これは逮捕後の取り調べでも同様だったという。大阪府警のベテランは「千佐子にとって結婚後の記憶が強すぎるせいか、それがなぜか被害者への殺害理由になってしまっていた」と不思議がっていた。  自らの罪について、被告は「目先のことしか考えていなかった」と言う。取り返しのつかないことをしたとの自覚はある被告にとって、ターゲットにした被害者から「差別された」と思い込むことで、精神の安定を保とうとしてきたのかもしれない。それは年月とともに被告の中で都合良く「真実」へとねじ曲がり、記憶が上書きされていったのだろう。  進学や結婚など、彼女は思うように人生を歩めなかったとの強い悔恨を抱き続けていた。「本当はもっと別の人生があったはず」との悔しさや無念さが、「差別された」という一言に凝縮されているように私には思える。極端な投資に走り、失ったカネを取り戻そうと奔走する姿は、被告自身の人生を取り戻そうとする焦りのようにも見えてくる。彼女が「後妻業」で受け取った遺産総額は10億円を超えたと見られているが、逮捕時に預金はほとんどなかった。  7月に死刑判決が確定し、被告は死刑囚となった。このまま拘置所の中で大好きなおしゃべりもできず、「泡となって消えたい」という自身の言葉通り、虚無感とともに人生を終えるのだろう。  最後の面会でやりとりが許されたのは15分。別れの際、私は「体に気をつけて」と言うほかなかった。被告は「ありがとう。また会いましょう」とほほえんで手を振り、面会室を出ていった。  もうそれはかなわないと、彼女は分かっていただろうか。(朝日新聞記者・安倍龍太郎) 記者が被告との面会と、一審の裁判員裁判の取材をもとにつづった「筧千佐子 60回の告白」(朝日新聞出版、18年7月刊) ※週刊朝日  2021年9月3日号
離婚で「親権手放し」の篠原涼子への“逆風”止まらず 
離婚で「親権手放し」の篠原涼子への“逆風”止まらず   歌手、女優としてこれまで順調にキャリアを重ねてきた篠原涼子(47)が、初めての“危機”を迎えている。  7月24日、東京五輪の開幕に紛れ込ませるような形で俳優の市村正親(72)との離婚を発表した篠原。だがタイミング悪く報じられたのが8月5日発売の『週刊文春』の不倫疑惑だった。韓国の男性アイドルグループ「SUPERNOVA(元・超新星)」のグァンス(34)と離婚前から親密な関係にあったのではないかと報じられ、19日発売の同誌では「束縛不倫」と「手つなぎLINE」と続報が重ねられた。  篠原は今回の不倫騒動の前から夜に出歩く姿などが目撃されており、女性誌や写真誌のカメラマンからマークされていたといわれる。だが、張り込んでも決定的瞬間は撮らせないことから“密会の達人”との異名までつけられていようだ。 「はっきりと表沙汰になったのは、5年前に『女性セブン』が報じた江口洋介との密会が最初です。ドラマでの共演後に篠原がなじみの個室焼き肉屋にこもって、江口と2人で数時間を過ごしたと報じられました。個室内にソファがある店で、深夜にもかかわらず身を寄せ合いながら食事を楽しんでいた様子などが書かれました。この件で江口と妻の森高千里は一時、夫婦関係が険悪になったと言われています」(芸能プロ関係者)  この報道に懲りたのだろうか。以降、篠原は派手に飲み歩くことはせず、ママ友が主催する飲み会にのみ参加するようになったという。 「そのママ友との食事会にもイケメン男性が同席していたことがあり、恋バナで盛り上がったりしていたようです」(女性誌記者)  表立っては派手な行動は控えていた篠原だったが、大きな動きがあったのは昨年3月ごろ。仕事部屋と称して、自宅から車で10分ほどのところに高級マンションを借りていたことが女性誌で報じられたのだ。 「この記事が出た昨年8月以降は、篠原のマンションに男性が出入りしているとうわさになり、飲食店経営者との交際疑惑も飛び出しました。しかし、セキュリティーがしっかりしているマンションなので裏が取れない。一部女性誌は、不倫情報に自信を持ち、期間限定で社員が賃貸契約を結ぶ準備までしていました」(スポーツ紙芸能デスク)  そんな経緯があったなかで、火を噴いたのが一連の「文春砲」だった。篠原とグァンスの“蜜愛”を2週にわたって詳報したのだ。 「グァンスが日本で住んでいるマンションには篠原が住んでいたとされていますが、同じマンションの別の部屋に住めばマスコミには写真を撮られにくい。これは最近の芸能人カップルの常套手法です。だが、それゆえ文春も2人のツーショットは押さえられなかったのか、決定的な写真は掲載されていません」(同)  文春の報道に対して、篠原サイドは不倫疑惑を否定。その後も沈黙を貫いている。ツーショット写真がないこともあり、他の主要な芸能マスコミも“後追い”はしていない。 「テレビのワイドショーやスポーツ紙などは完全スルーでした。篠原サイドは広告代理店関係者に“完全ノーダメージ”と宣言するなど自信を持っていたようですし、時が過ぎて沈静化するのをひたすら待っていたのでしょう」(前出・女性誌記者)  だが、次第に篠原には想定外の“逆風”が吹き始めた。2週にわたる文春の不倫疑惑報道が出た後は、篠原が2人の子どもの親権を市村に譲ったことなどに対して、SNSを中心に疑問の声が上がるようになる。 「グァンスとの恋愛を全うするために、子どもの親権を市村に譲ったと世間は感じたようです。さらに、2回りも年上の老夫だった市村を“捨てた”という印象もついてしまった。篠原が母親や妻ではなく“女”として自由に振る舞う姿に、子育て世代の女性からの好感度は大きく下がってしまいました」(前出・芸能プロ関係者)  こうしたマイナスイメージは、女優業にも少しずつ影響が出始めているという。 「年老いた夫に子どもを残して親権を手放した妻、というイメージはかなりよくない。CMはほぼ全てが見直しになるでしょう。さらに不倫疑惑についても、いつ決定的瞬間を押さえられるかわからない。クライアントはどこもそんなリスクは背負いたくない」(広告代理店関係者)  名女優・篠原涼子は、このピンチをどう切り抜けるのか。(AERA dot.編集部)
紀州のドン・ファンの25歳元妻を逮捕 親族が激白「おむつで垂れ流しの果てに殺された」【上半期ベスト10】
紀州のドン・ファンの25歳元妻を逮捕 親族が激白「おむつで垂れ流しの果てに殺された」【上半期ベスト10】  2021年も上半期が過ぎた。そこで、AERA dot.で読まれた記事ベスト10を振り返る。 5位は「紀州のドン・ファンの25歳元妻を逮捕 親族が激白『おむつで垂れ流しの果てに殺された』」(4月28日配信)だった。(※肩書年齢等は配信時のまま)*  *  *「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=が2018年5月、急性覚醒剤中毒で死亡した怪死事件が大きく動いた。 和歌山県警は4月28日朝、殺人と覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕した野崎さんの元妻、須藤早貴(さき)容疑者(25)の身柄を飛行機で東京から同県へ移送。これから本格的な取り調べが始まる。 南紀白浜空港には朝から報道陣が集まった。到着後、須藤容疑者は捜査員とともに捜査車両に乗り替え、捜査本部の置かれる田辺署へ入った。 資産総額、50億円のうち30億円を費やし、4000人の美女を抱いたと豪語した野崎さん。親族がこう語る。「やっぱりあの女やった。幸助が亡くなったときもツンとして、まともにわしらに顔を合わせようともせず、横を向いていた。後ろめたいからそうするしかなかったんよ。幸助は確かに年だったが、オムツしたり、小便など垂れ流しになったのは、あの女と一緒に暮らすようになってからや。急におかしくなったように聞いている。財産目当てで少しづつ覚せい剤を盛っていたのか?幸助は放蕩もんでひどい男や。けど身内でもある。覚せい剤を飲まされて殺されるなんてかわいそすぎる。あの女とは財産のことで、争い中や。殺しておいて、よくもカネくれ、自分のものなんて言うわ。とりあえず逮捕といことでお線香上げに行きたいわ」 最大の謎とされるのは、野崎さんの遺体から検出された覚せい剤がどのような形で体内に入ったのか、という“トリック”だ。 野崎さんの死因は覚せい剤による「急性循環不全」と特定されたが、妻だった早貴容疑者は当時、どのように飲ませたのか。捜査関係者がこう明かす。「解剖した結果、かなりの分量の覚せい剤を摂取していたことが判明した。通常、覚せい剤の中毒者が注射するのは0.5グラム程度。だが、解剖所見からおそらく数グラムを摂取していたようだ。早貴容疑者は携帯で売人らしき人物と接触したり、何度も覚せい剤と検索していた履歴が残されていた」(和歌山県警関係者) だが、野崎さんの解剖結果から、注射痕、吸引した痕跡のようなものは見つからなかった。数グラムというかなりの分量の覚せい剤を摂取するには、口から体内に取り込むしかないという。 「胃など内臓からも覚せい剤の反応がありました。数グラムだから、鼻から取り込むのは無理。口から飲まされたのだろう。遺体の解剖から、一気に数グラムの覚せい剤を、飲んで急性的に症状がおかしくなり、死に至ったとみられる。もし少しずつ覚せい剤を飲んでいたら、肝臓などで分解され、死に至るほどの中毒症状はなかったはずだ。覚せい剤は非常に苦く、とてもそのまま口にできるものではない。野崎さんの好きなビールに入れて飲ませるようなことも無理だ」(前出の捜査関係者) 取材班が周辺を取材したところ、和歌山県警は野崎さんの親族や家政婦、従業員らに、「幸助さんがどんな食べ物が好きか、嫌いかとか、醤油をよくかけるか」など、細かく嗜好を聞いていたことがわかった。 その中で注目されるのが、野崎さんが日頃、健康のために愛飲していた栄養ドリンクの存在だ。 50歳代で脳梗塞を発症して以降、定期的に東京の有名病院で検査を受けていた野崎さんは健康のためと毎日、栄養ドリンクを飲んでいたという。「野崎さんは高齢ですから、一気に食べたり、飲んだりしない。唯一、一気に飲むのが栄養ドリンク。味が濃い栄養ドリンクなら、一気に飲んだ可能性がある」(前出の捜査関係者) 野崎さんの前出の親族はこう話す。「幸助の寝室の捜索は、徹底的にやっていた。小さなゴミや紙くずまで、何時間も調べていた。県警は幸助の親族に何度も覚せい剤のことを聞いていった」 早貴容疑者の逮捕で事件の全貌が明かされる日は近い。(AERAdot.取材班)
加藤綾子アナの結婚相手の母親が激白 「息子が連れてきたのがカトパンでびっくりしました!」【上半期ベスト10】
加藤綾子アナの結婚相手の母親が激白 「息子が連れてきたのがカトパンでびっくりしました!」【上半期ベスト10】 加藤綾子アナ(C)朝日新聞社  2021年も上半期が過ぎた。そこで、AERA dot.で読まれた記事ベスト10を振り返る。 7位は「加藤綾子アナの結婚相手の母親が激白『息子が連れてきたのがカトパンでびっくりしました!』」(6月8日配信)だった。(※肩書年齢等は配信時のまま)*  *  *「息子から前もって『女性アナウンサーを連れて行くから』と知らせがあって、誰なのかわからなかったけど、お会いしたらびっくり。カトパンでした。いつもテレビで見てましたから、すぐにわかりました。テレビで見てるそのまんま(笑)」 こう語るのは、6日に電撃婚が発表された元フジテレビでフリーの加藤綾子アナウンサー(36)の結婚相手・Aさんの母親だ。結婚前の昨年11月後半、Aさんは加藤アナを実家に連れて行き、両親に紹介していたのだ。 Aさんの母親は加藤アナのことを「カトパン」と呼び、加藤アナはAさんの母親を「お母さん」と呼んだという。「ウチにいたのは2~3時間くらいでした。出合いは知人の紹介だと言っていましたね。お付き合いは昨年10月か11月ごろからみたいですよ。当日は息子がおすしの材料を買ってきましたから、加藤さんも一緒にお魚を切ったり、具をノリで巻いておすしを作ったり、他にも料理を作っていました。ただ、その時はまだ結婚という話は出なかったですよ」 加藤アナは相手の男性を「一般の方です」としていたが、Aさんは年商2000億円を誇る中堅スーパーマーケットチェーンを経営する39歳の御曹司。大方の予想通り、「一般人」というには華麗すぎる経歴の男性だった。 Aさんの会社は神奈川県に本社があり、東京、神奈川、千葉などの首都圏、大阪などの近畿圏にも多店舗展開している。生鮮食品に力を入れており、特に牛肉は豊富な部位を取りそろえていると評判だ。食品スーパーと言えば、オーケー、ライフ、ヤオコーなどが100店舗以上を展開をしているが、Aさんの会社はその次のグループの位置におり、現在急成長している。同社の2020年度の売り上げは2000億円を突破し、10年後の2031年にグループ売上高1兆円を目指しているという。 Aさんは男3人、女1人の4人きょうだいの三男。父親は精肉店を営んでいた。慶応大学を卒業して食品会社に勤めた後、父親が経営する今の会社に入社した。2013年に2代目社長に就任。就任当初は500億円台だった売上高を、8年で約4倍に押し上げたやり手の社長だ。  Aさんの母親は言う。「今の会社の土台を作ったのはうちの主人です。もともとは精肉店からスタートして、それをスーパーにして、大きく成長させたのが2代目の息子なんです。仕事は一生懸命やってくれるので、それは親としてはうれしいですよね。主人を見て育っていますから、仕事が好きというのもあるんでしょうね」 スポーツ紙の芸能担当記者はAさんの人柄についてこう話す。「Aさんは”楽しく感動”がモットーのイケメン社長です。店舗もそうした売り場作りを目指しているそうです。社内ではリーダーシップを発揮して、社員を入社して3年でチーフに抜擢するなどの制度改革をしたそうです。スポーツマンで特にゴルフが大好き。会社はプロゴルファーと所属契約を結び、Aさんがキャディーとしてつくこともあるとか。コースをまわる時にはお手製の『はちみつレモン』を差し出して選手を気遣うなど、細やかな性格でもあるようです」 母親もAさんのスポーツ好きをこう話す。「スポーツは昔から好きで、テニスは地域のチームのコーチもやってました。冬はスノーボードもやってましたし、最近はゴルフが好きみたいでしょっちゅう行っています」 結局、母親が加藤アナと会えたのは、冒頭の顔合わせの会の1回限り。その後もAさんから加藤アナ同席の会食のお誘いはあったが、行けなかったという。「彼女は仕事が忙しくて土日くらいしかお休みがないんでしょう。加藤さんと一緒の食事は、何回か息子には誘われたんですけど、やはり、コロナ禍でもあり、東京まで行くことができませんでした。でも、テレビで見ているままの加藤さんなら私も安心です。お互いに気が合っていい感じで結婚までいったのだからいいと思いますよ」 6月6日、2人の入籍日はどんな様子だったのだろうか。「会社の事務所で、うちの主人が証人になりました。結婚式は今のところまだ聞いてません。加藤さんは結婚しても仕事を続けると言ってますね」  Aさんは39歳という年齢だが、実は加藤アナとの結婚が初めてではない。26歳の時、大学時代に知り合った女性と結婚した。前妻とは2人の子どもをもうけたが、8年ほど前に離婚したという。事情を知る関係者はこう話す。「2人の子どもは相手の女性が引き取って育てていますが、Aさんもちゃんと面倒をみています。加藤さんももちろん知っているでしょう。そうでなければ一緒にならないでしょう」 また、8日に配信されたFRIDAYデジタルの記事では、2015年6月にTBSの出水麻衣アナ(37)とデート写真を掲載したときの相手がAさんだったと報じている。当時は人目もはばからずに肩を寄せ合ったり、路上でキスをするシーンもあったと記している。加藤アナの前も人気女性アナウンサーと交際していたとなれば、やはり相当モテる男性であることは想像に難くない。Aさんの知人はこう話す。「(出水アナとは)食事へ行ったり、一緒に遊んだりして、本当に仲がよかった。実は出水さんも実家の親に紹介したらしいけど、その時は結婚というところまでは行かなかったようです」 モテるがゆえに恋多き人生を歩んできたであろうAさん。だが、最後に選んだのは加藤アナだった。2人の末長い幸せを祈りたい。(取材・文=AERA dot.編集部・上田耕司)
眞子さま結婚問題で「いまや愛子さまの話題はタブー」有識者会議の参加者が吐露
眞子さま結婚問題で「いまや愛子さまの話題はタブー」有識者会議の参加者が吐露 愛子さまも12月には二十歳の誕生日をむかえ、成年皇族となる(c)朝日新聞社  眞子さまの結婚問題に、女性・女系天皇議論―—。機微な現状が取り巻くなかで、皇位継承のあり方をめぐる政府の有識者会議は、進められてきた。さまざま配慮も必要になるのだろう。8月には、「女性皇族が結婚後も皇室に残ることを可能にする場合は、配偶者と子供を皇族としない方向で検討」、と報じられたのは眞子さまの結婚問題が影響しているとみるむきが強い。  一方、有識者会議の参加者は、「女性宮家や皇女案に注目が集まるその裏で、新たな「タブー」が生まれつつあると警鐘を鳴らす。   「有識者会議の場で、愛子さまのご活動について話そうとすると、『皇位継承問題に関わることは……』といったふうにさえぎられる始末です。愛子さまに関する話題は、ほぼタブーという空気でした」  そう嘆くのは、皇位継承のあり方をめぐる政府の有識者会議で意見を述べた人物だ。清家篤・元慶応義塾長を座長とする有識者会議は、7月26日に10回目の会合を終えた。秋までに行われる衆院選のあとに最終報告をまとめる方針だが、先の人物は、会議はむしろ閉塞感ばかりを感じる、と嘆くのだ。  ひとつは眞子さまの結婚問題の影響だ。先の会合では、今後の方針として次の2案が挙げられた。 (1)女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する。 (2)旧宮家の男系男子が養子縁組などで皇籍復帰する。  前者の女性皇族の身分については、過去に様々な提案がなされている。  たとえば婚姻後も皇室に残る「女性宮家」案や結婚したのちも、特別職の国家公務員として「皇女」の称号を贈る案だ。  だが、8月に入ると、女性皇族の配偶者と子供については、世論の反発が強いことをにらみ、当面は皇族としない方向を固めたとも新聞などで報じられた。 「これは、眞子さまの婚約内定者である小室圭さんに対する、世間の反発の強さが影響しているのは、間違いないでしょう。眞子さまの結婚問題が長引くいま、有識者会議の方向性によっては小室さんが『皇族』になる可能性が出てくる。だが、それは国民が許さず、会議の議論も進まないことは明白です。報道された背景には、そうした事情も絡んでいるのでしょう」(皇室ジャーナリスト) 成年皇族として公務を担う眞子さまと佳子さま (c)朝日新聞社  もうひとつは、結婚後も女性皇族を皇室に残す「女性宮家」議論が「女性・女系天皇」議論につながるという警戒感だ。  もちろんいまの皇室典範によれば、次世代の皇室において皇位継承権を持つのは男系男子である秋篠宮家の長男、悠仁さまだ。  新聞社などの世論調査では、今でも女性・女系天皇議論の流れで「愛子天皇」の声が出ることもある。しかし、先の人物がこう嘆く。 「わたしが言わんとしたのは、女性天皇論ではありません。ただ、天皇ご夫妻の長女、愛子さまは今年の12月1日に、20歳の成年を迎えられます。コロナ禍で皇室の公務は激減しオンライン中心ではあるが、成年皇族としての単独公務も増え、ご両親を支える形になるのは間違いありません。そのためにも、現役の皇族としての愛子さまの皇室での環境を整えるべきである、との意見を有識者会議で述べるつもりでした」  コロナ禍でなければ、誕生日は宮殿行事デビューの日だ。皇居・宮中三殿に参拝し、宮殿では、ティアラなど宝飾品5点とローブデコルテの正装で、天皇陛下から授与された宝冠大綬章をつける。  また、成年皇族として、新年や天皇誕生日などの一般参賀のお手ふりや晩餐会にも参加するようになる。天皇ご夫妻の長女、愛子さまの成年デビューへの期待は大きい。  期待の背景には、皇室を取り巻く危機的な状況がある。深刻なのは、皇室の高齢化だ。皇室メンバーは現在18方。98歳で最高齢の三笠宮百合子さまを筆頭に、80代の上皇ご夫妻と常陸宮ご夫妻、60代の高円宮妃久子さまと寛仁親王妃信子さま、天皇陛下が続く。  そばで天皇を支える皇后雅子さまと秋篠宮ご夫妻も、すでに50代。  次世代を担う若い未婚の皇族は7方だが、皇位継承権を持つ男性皇族は悠仁さまのみで、6方の女性皇族は結婚と同時に皇籍を離れる。  将来、悠仁さまが天皇となったときに、「皇居には、天皇陛下がただおひとり」などという事態は回避しなければならない。 令和の天皇陛下と皇后、雅子さま(c)朝日新聞社  そのためにも、女性皇族の結婚後の身分の保持が、議論の中心としてなされている。だが先の人物は、こう懸念を漏らす。 「議論がなされているのは、皇族女性が結婚によって皇籍を離脱したあとの話ばかりです。優先順位を挙げれば、皇族方の現在の環境を整えることが最重要課題であり、皇室を離れた方の環境は次の話であるはずです」  20歳の成年を迎える愛子さまの重要性がまるで認識されていない、と吐露しこう続ける。 「令和の皇室においては、両陛下がしっかりと役目を果たされるのが第一です。ご両親、特に皇后陛下がお元気になるうえでの最大のサポーターは、愛子さまをおいて他にありません。平成の時代に、ご両親である当時の天皇、皇后両陛下を支えた紀宮さまの存在は大きい」  実際、平成のはじめに起こった皇后バッシングを振り返ってみれば、一時的に声を失った美智子さまに寄り添ったのは紀宮さまだった。先の人物は、そうした過去も踏まえて、愛子さまが両陛下を支えるための環境を整える必要があると考えたのだ。  だが、冒頭のように現在の有識者会議では、愛子さまに関する話題は、半ば「タブー」化しているのだという。 「皇位を継承するのはもちろん悠仁さまです。決して『愛子さまに皇位継承権を――』などといった話をした訳ではありません。しかし、両陛下を支える内親王として愛子さまがご活動できるよう環境を整えることが先決の課題だと説明しようとしても、『皇位継承問題につながりかねない』と別の問題と十把ひとからげに遮られてしまう。とにかく、『愛子さまには触らないようにしたい』という空気は、いやというほど伝わりました。しかし、現役の皇族としての女性皇族が皇室にとってどれほど大切な存在であるか――。それは、上皇さまが平成17(2005)年に行った誕生日会見を振り返ると、よくわかります」   05年は、皇室にとって重要な年だった。11月に紀宮さま(黒田清子さん)が結婚。そして、小泉内閣下で皇室典範に関する有識者会議は、「女性・女系天皇」容認とする報告書を提出している。 2005年、結婚をひかえた紀宮さま(当時)は、御料牧場で両陛下(当時)と静かに過ごした  翌12月の誕生日にむけた記者会見で、清子さんの結婚について質問された上皇さまは、こう答えている。 <清子は皇族として、国の内外の公務に精一杯取り組むことに心掛け、務めを果たしてきました。また家庭にあっては、皇后と私によく尽くしてくれました。  私の即位の年に成年を迎えた清子が、即位の礼には、皇太子、結婚して4か月余りの秋篠宮とそろって出席し、私どもを支えてくれたことは心に残ることでした>  さらに、有識者会議の方針を踏まえ、皇室で女性が果たした役割について質問を受けた上皇さまは、次のように答えた。 <私の皇室に対する考え方は、天皇及び皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが、皇室の在り方として望ましいということであり、またこの在り方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。  女性皇族の存在は、実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においても、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという、非常に良い要素を含んでいると感じています>  先の人物は、こう話す。 「上皇さまの最も忠実な側近であった元宮内庁幹部は著書のなかで、この時期の上皇ご夫妻が、皇位継承問題に心を痛め夜も眠れない日々が続いていた、ということを書き残しています。誕生日の会見で上皇さまは、非常に遠慮がちに女性皇族の意義を述べておられる。しかしそれは、才能ある内親王を失ったことに対する天皇の悲痛な叫びにも聞こえます。当時の天皇陛下は、内親王が皇室に残ることを望んでおられたと聞いています。天皇の必死の訴えに政府も国民も耳を傾けないままに過ごしてきたこと。それが、この危機的な状況を招いたのではないでしょうか」  この人物は、女性皇族が皇籍を離脱したのちも皇族に準ずる身分を保持させる「皇女」案が、逆に混乱の原因になっていると懸念を示す。 「『皇女』というネーミングは、まるで現役の皇族であるかのような錯覚を国民へ与えています。そもそも、皇室から出れば、『皇女』ではない」 秋篠宮ご一家(c)朝日新聞社  たとえば、14代将軍徳川家茂と結婚した孝明天皇の妹、和宮親子(ちかこ)内親王は、降嫁してもなお皇族としての称号を使っていた。  近代皇室においては、皇室を出たら民間人となることが皇室典範によって定められている。「皇女」案を実現するためには、典範の改正も必要になってくる。 「だが改正すれば解決するような単純な話ではありません。皇族に準じた特権的な身分を設けることは、憲法に抵触しないのでしょうか。それこそ元内親王をめぐる憲法論争が起こり、皇室と国民の間に亀裂が入りかねない。『皇女』案は、国民にもご本人にも、結婚しても皇族気分でおられるような誤解を与えるだけで、本質のごまかしに過ぎません」  12月1日に愛子さまは、20歳の誕生日を迎える。ただし、前日の11月30日は秋篠宮さまの誕生日だ。長引く眞子さまの結婚問題によって、秋篠宮さまの誕生日会見での発言は大きく報道される。ここ数年、愛子さまの誕生日は、落ち着かない状況になっている。  今年は、愛子さまが成年皇族となる、節目の年だ。そして令和の両陛下のサポーターとして活躍が期待されている。将来、皇居に天皇しか残らないという事態を避けるためにも、「タブー」のない議論が期待される。 (AERAdot.編集部 永井貴子)
建築愛する漫画家が、歴史ある洋館の「家主」になるまで 実録コミックエッセー刊行
建築愛する漫画家が、歴史ある洋館の「家主」になるまで 実録コミックエッセー刊行 山下和美(やました・かずみ)/1959年、北海道小樽市生まれ。横浜国立大学中退。80年、『おし入れ物語』でデビュー。2003年『天才柳沢教授の生活』で第27回講談社漫画賞一般部門、『ランド』で今年度第25回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞(撮影/写真部・東川哲也)  AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。  建築を愛する漫画家の山下和美さんは、世田谷に立つ、水色の瀟洒な洋館・旧尾崎行雄邸に一目惚れ。しかし貴重な館は土地ごと売却される話が進んでいた。愛する館を守るべく、多忙な漫画の仕事の傍ら、著者は立ち上がる。SNSでの呼びかけに保存を望む声が続々と集まり、開発計画を阻止するために、区役所までも巻き込む事態に。そんな現在進行形の事態を描いたコミックエッセー『世田谷イチ古い洋館の家主になる』が刊行された。著者である山下さんに、同著に込めた思いを聞いた。 *  *  *  歴史的な建築物が次々に取り壊されている。悲しいかな、日本では日常的な出来事だが、漫画家・山下和美さん(61)は立ち上がった。紆余曲折の末、世田谷で一番古い洋館・旧尾崎行雄邸(最近の文献調査により、館を建てたのは尾崎行雄の妻・テオドラの父、尾崎三良男爵と判明した)の家主になったのだ!  山下さんといえば、本格的な数寄屋建築で自宅を造る経緯を描いた『数寄です!』シリーズもあり、作品に建築を印象的に登場させてきた。  本書は山下さんがいかにして明治期に建てられた洋館を守り、家主になったのかについて描いた、現在進行中の実録コミックエッセーだ。 「初めて見たときから、素敵な洋館だなあと思っていました。建築関係の知人と、内部を見学させてもらう機会があって、当時の日本人の建築技術の高さや、暮らしてきた人たちの歴史を感じる建物にますます感じ入ったんです」  そんなある日、山下さんの自宅を設計した建築家の蔵田徹也さんから、旧尾崎邸が土地ごと売りに出されていると知らされた。山下さんは「旧尾崎邸保存プロジェクト」(以下、保存会)を立ち上げ、代替案を提示して事業者と交渉を始めることに。  漫画に描かれるそのやりとりは、シビアでハード。一方で、古い建築が解体されるプロセスがよくわかる、スリリングな「建築保存の実例紹介」にもなっているのはさすがだ。 「建築については、なぜだか“降ってくる”んですよね。数寄屋建築のときもそうでしたが、今回の尾崎邸についても、ずっと眺めているうちに、『素敵な建物だけれど、このままではヤバいな』と、だんだん自分の心配事のようになってきたんです。ただ一人では何もできないし、壊れるのを待つしかないのかな──と思っていたら、近所の方をはじめ、賛同してくれる人たちが現れて、とうとう成功してしまった。途中、信じられないような不思議な展開があったりして、『これは作品に描かなきゃ』と思いました」  とはいえ「建築を守るためのリーダーになるつもりはなかった」と、山下さん。土地を分譲するための開発道路を造るお知らせが届いたのを機に、近所の人たちに聞いてみると、みな建物に愛着があり、「なくなってほしくない」と思っていることがわかった。 「私の周りには建築に詳しい人がいたので、『何とか残せないか、試しにやってみようか』と。実は詳しい知人がいろいろやってくれると思っていたんですが、途中から『こういうことは地元の人たちがやらないと』と言われて。もう引き返せないタイミングだったので、結果的に私が表に出て、やることになったんです」  現在、洋館の所有権は保存会が持ち、改修工事の方針や活用方法を検討中だ。 「古い建築を維持していくためには、法律が変わらないと難しいと痛感しました。コツコツと前例を作っていくしかないですね」 (ライター・矢内裕子) ※AERA 2021年8月16日号-8月23日合併号
ビフォー/アフターは部屋だけじゃない!夫の「箱買い」対策も変わった
ビフォー/アフターは部屋だけじゃない!夫の「箱買い」対策も変わった こんなに広かった?と思うほどスッキリした「ごみ部屋」。ここの後エアコンもつけました/After  5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。*  *  *case.6 邪魔する夫を「ネタ」にしたら片づけを完遂できた夫+子ども2人/看護師 今回は、キャリア15年の看護師の女性の片づけです。夜勤と日勤の混ざった不規則な勤務をこなしながら、基本の家事と子育てはこの女性が担当し、忙しい日々をサバイブしていました。 悩みは、子どもが幼く一番散らかる時期に片づけられなかった家をそのままにしていることでした。 眺望が素晴らしい30畳のリビングは物でいっぱい。昨年の夏、コロナ禍で家族がリビングにいる時間が増えて、もうこれ以上は放置できないとプロジェクトに参加したのです。 彼女には、片づけのほかに2つの課題がありました。一つは家族をもっと家事に巻き込むこと。家族みんなが家にいる夜勤明けの休日、お昼ごろに帰宅すると子どもたちの汚れ物はそのまま、掃除も一からしなきゃいけない……。 夫にはなかなか頼りきれず、夫婦のコミュニケーション不足も原因とわかっている。彼女は、話すきっかけを失っていました。 プロジェクトの初期はどんどん不用品を家から出していきます。夫は、ひまさえあれば黙々と片づける妻を最初はただ眺めていました。 ある日、忙しい夫と時間が合い、話す機会を持ちました。なぜ片づけたいのか、家を片づけてどうしたいのか、やっと気持ちを伝えることができました。女性にとっては大きな一歩です。 すると10日後、夫が動きだします。「ごみ部屋」と呼んでいた物置部屋にあるCDやDVDを片づけ始めたのです。いつもはしないキッチンのシンクの掃除をしてくれた日もありました。女性も、心から「ありがとう」が言えました。 子どもたちもママを助けました。上の子は下の子に、「いる?いらない?」と聞いて不要なおもちゃを仕分けてくれました。 かつての物置部屋「ごみ部屋」。ワインの箱や子どもの物が置かれていました/Before  ごみ部屋の床面積は少しずつ広くなり、片づけは順調そうに思えました。しかし二つ目の課題に直面します。それは夫の「箱買い攻撃」をどうやってクリアするか。 夫には、ネットで物を買うとき箱単位で注文する癖がありました。カップラーメンにワイン、袋菓子4箱買いなんてことも。 無邪気なこの行動が、片づけにとっては大ダメージ。計画を立てて不用品を減らしても、空いたスペースにまた物が置かれるのです。「あれ、おかしいなぁ。この間片づけたはずなのになぁ」って。 心が折れてしまった時は、受講生のFacebookグループに気持ちを吐き出しました。プロジェクトの卒業生や同期が話に乗ってくれました。「ウチの主人は一切動きませんでした^^; ご主人の所は、自分の所が片づいてからで大丈夫。片づいたら気持ちも変わりますよ」って、卒業生が励ましてくれたり、「旦那さんの箱買いネタ、笑えるから好き」と話題になったり。 自分の夫だったら深刻になる悩みも、他のお家のことなら笑えたりするから不思議です。 箱買いの投稿は、「片づけても、片づけても、物が入ってくるシリーズ」としてまとめられ、夫の知らないところで人気連載となりました。 たまに落ち込みながらも復活するママの背中を見て、子どもたちは自立していきました。上の子は夜勤明けの休日に晩ごはんを作ってくれたし、下の子は脱いだパジャマをちゃんと定位置に戻してくれるようになりました。脱いだ靴を元に戻してくれるようになったのは、2人共通の進歩です。 そして8月上旬、女性は無事に片づけをやり切ります。ごみ部屋はちゃんと「部屋」になり、30畳のリビングは窓からの景色が映える明るさを取り戻しました。 実は今回は、さらに先があります。ビフォー/アフターからのアフターで、夫婦に新たな展開があったのです。 プロジェクト終了後にこの女性は、職業柄お正月もお盆もないからと、ひとり大掃除プロジェクトを進めるべくお掃除モードへとギアチェンジ。 レンジフードの掃除、業者さんのエアコン掃除、カーテンの洗濯、かつてのごみ部屋にエアコンをつけること。手をつけられずにいた作業をクリアするたびに「いつかやろうと思っていたシリーズ」として報告してくれました。 片づけても片づけても届く、箱買いのポテトチップス。部屋がきれいになったら、逆に量が増えました  残念ながら夫の「片づけても、片づけても、物が入ってくるシリーズ」は終了しませんでした。冷蔵庫の大掃除が完了したと思ったら、直後に届いた要冷蔵の日本酒に箱買いワイン、ふるさと納税の返礼品の豚肉3キロ。さらにはポテトチップスの大きな箱……。 女性もやられっぱなしではありません。夫は過去に、「生産3日以内に出荷」という鮮度が売りのポテトチップスを箱買いしながら、賞味期限ギリギリまで寝かせたことがありました。今回は、女性がこっそり職場で配り、察した上の子も友だちにせっせと配って、ダメージを最小限にしました。 女性はいま、心穏やかに過ごしています。箱買いの不意打ちに遭いつつも、夫との会話は一歩引いて話に耳を傾けられるようになりました。片づけてから生まれた心のゆとりが大きいと言います。 仕事でも奇跡的なタイミングでお誘いがあり、日勤だけの職場へ移動しました。どうありたいか考え納得して決めた転職でした。大掃除も仕事も、自分でゴールを設定して人生のこまを進める習慣ができたようです。 夫との関係は?実は今年5月に女性からこんな報告がありました。「帰ると洗われてるお皿たち。旦那もいつもより30分近く早く起きてくるようになり、出勤前にお皿を洗ってくれている。これは心からありがとう」 夫婦の関係は、1年かかったけど確実に次のステージへ上がっていました。同期のみんなやスタッフはいまも女性の報告を楽しみにしています。◯西崎彩智(にしざき・さち)/1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・夫婦間のコミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト®」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。ラジオ大阪「西崎彩智の家庭力アッププロジェクト」(第1・3土曜日夕方)が2021年5月1日からスタート。フジテレビ「ノンストップ」などのメディアにも出演※AERAオンライン限定記事

カテゴリから探す