バレエ愛するトランスジェンダーの葛藤描く 実話に基づいたストーリー
Lukas Dhont/1991年、ベルギー・ヘント生まれ。映画好きの母の影響を受け、「子どもの頃から映画を作りたかった」と映画の道へ。KASKスクールオブアーツ在学中に撮った短編作品が数々の賞に輝く。映画監督として注目を集めるが、俳優もできそうなほどのイケメンだ(撮影/慎芝賢)
「Girl/ガール」現役トップダンサー、ビクトール・ポルスターがララを演じる。7月5日から全国順次公開 (c)Menuet 2018
「リトル・ダンサー」/発売元・販売元:KADOKAWA、価格1500円+税/DVD発売中 (c)2000 Tiger Aspect Pictures (Billy Boy) Ltd.
AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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トランスジェンダーを主人公にした映画は身近になってきたが、ティーンエージャーが主人公となると話は別だ。
映画「Girl/ガール」は母親代わりにかいがいしく6歳の弟の世話を焼き、親戚が集まれば食事の用意を整える15歳のララが主人公。彼女はどこから見てもすてきな姉だが、実はトランスジェンダー。国内有数のバレエ学校へ試験編入が許された彼女は、血の滲むような厳しいレッスンに耐え、プロのバレリーナを目指しているが……。
脚本も手掛けたのは、ベルギー出身のルーカス・ドン監督。長編第1作となる本作でカンヌ国際映画祭では新人監督賞など3部門で受賞。アカデミー賞外国語映画賞のベルギー代表となり、ゴールデン・グローブ賞でも外国語映画賞にノミネート、各国で多くの賞に輝く注目の映画監督だ。
本作の始まりはドン監督が映画学校へ入って間もない2009年、18歳の時に読んだ新聞記事だった。
「(撮りたい映画は)これだ! と思ったんです」
載っていたのは、バレリーナを目指すノラ・モンセクレールの記事。彼女は生物学的には男性として生まれたが、自分は女性だと確信し、学校側に反対されながらも自身のセクシュアリティーを公表。バレリーナになる夢を貫く意志を持っていた。
「15歳にもかかわらず、彼女は自分で選んだ世界を生きていた。クラシックバレエは男女しかない世界観。それまで規範に合わせて生きていた18歳の僕は、レッテルをはがそうとした彼女に尊敬の念を抱きました」
ノラの姿勢はかつて、周りの評価を気にして演技や歌などを「女の子っぽい」とやめてしまったドン監督の心に刺さった。ノラに会いたいとすぐに行動を起こしたものの最初は断られ、会うまでに1年かかったと言う。
「ノラの物語は多くの人に見られるべきだと感じていたので、彼女と会って話したいという衝動はずっと消えませんでした。ただ、会えてもすぐに映画の話を進めたわけではありません。彼女は若く、映画とは違ってバレエ学校では女子クラスを受講させてもらえていませんでした。デリケートな時期でもあったため、まずは彼女に対する尊敬の気持ちを伝え、友情を育んでいったんです」
脚本に4年。物語をララに絞るため、LGBTをテーマにした映画でよく描かれる「周囲との葛藤」を描かないと決めていた。それだけに、
「他者とかかわらずに彼女の内なる葛藤をどう描くのか、それを探すのに一番苦労しました。鍵となったのはバレエ界。もっとも女性らしい、女性の極みというイメージを持たれている世界ですが、そのイメージに近づこうとしていることこそがララの葛藤なんだと気づくまでにちょっと時間がかかりました」
悩みながらも自分らしく生きていくララ。そこにはノラだけでなく、監督自身も半分くらい投影されているという。
◎「Girl/ガール」
現役トップダンサー、ビクトール・ポルスターがララを演じる。7月5日から全国順次公開
■もう1本おすすめDVD「リトル・ダンサー」
男だから、女だから〇〇してはいけない──。幼い頃から性差別を受けることは少なくない。クラシックバレエもかつては女の子の習い事だった。男の子がバレエを習いたいと言えば引かれたものだ。マッチョな男性が多い土地柄ならなおさらそうだろう。
「リトル・ダンサー」の舞台はそんな雰囲気が充満する、炭鉱不況真っ只中の英国北部の炭鉱町。11歳のビリーは炭鉱労働者の父と兄、認知症の祖母との4人暮らしだ。父はボクシングの熱烈なファンで、ビリーを近所のボクシングジムに通わせていた。そんなある日、ジムの片隅でバレエ教室が開かれることに。そもそも音楽が好きでボクシングに馴染めなかったビリーはふとしたことから優雅なバレエにすっかり魅せられ、密かにバレエの指導を受けることになるのだが……。
男にとって強さがすべて、のように育った父や兄にしてみれば、男がバレエなんてあり得ない。だが、バレエを愛するビリーは諦めない。「自分らしく生きる」ことを貫く彼のダンスは、頑なだった父の心を打ち砕く。見る者の心もとらえて離さない。見終える頃にはすっかり勇気がチャージされているはずだ。
◎発売元・販売元:KADOKAWA
価格1500円+税/DVD発売中
(フリーランス記者・坂口さゆり)
※AERA 2019年7月1日号
AERA
2019/06/29 08:00