撮影:伊奈英次
撮影:伊奈英次

「ぼくはパソコンとコラボをしているんです」

 ちなみに、複数の写真を組み合わせて作品をつくり上げる手法を「フォトコラージュ」という。そこには作者の意図があり、それに沿って写真を組み合わせていく。

 ところが、この作品の場合、写真をつなげる際に発生する「バグ」を利用するため、「想定どおりには絶対にならない。(ソフトが)予想外のことをやっちゃうから」。

 そこに「機械の目」、カメラが介在する写真の本質があると、伊奈さんは言う。

「写真というのは、撮影者の意図を超えた面白さが写り込んでくる。スナップショットはその典型で、偶然性がすごく入ってくるじゃないですか。つまり、この作品にはパソコン上でスナップショットをやっているような感覚があるんです。意図を超えた面白さがバグを使うことでできてしまったということ」

 そういう意味では、この作品は人間の脳とパソコンの電脳が融合してつくり出したものといえるかもしれない。

「そう、ぼくはパソコンとコラボをしているんです」

 現実の光景をそのまま写しとるのではなく、それを特殊な手法で崩すことによって作品化する。腐心したのは、その「崩し方」のバリエーションをいかにつくるか、だったという。

「繰り返しバグを使って作品をつくっていると、だんだんワンパターン化してくるんですね。それを逸脱した合成をどう行っていくか」

 そう言って、見せてくれたのはスマホの画面。そこに何やら複雑な形状の物体が映っている。「これはカラビ・ヤウ多様体」。初めて見たが、私たちが認識できる空間と時間以外の6次元の世界という(興味のある人は検索して見てほしい)。

「作品のバリエーションをつくるヒントを得るために、こういうものを探して見ているんです。もともとぼくは(中部工業大学)物理科なんです。だから、理系はかなり入っていますね」

撮影:伊奈英次
撮影:伊奈英次

タブーに抵触するものが好き

 それにしてもわからないのは、今回なぜ、伊奈さんがこのような作品を手がけたのか、ということだ。

 デビュー以来、「都市の肖像」「ZONE」「WASTE」「EMPEROR OF JAPAN」「YASUKUNI」と、伊奈さんは都市や環境、軍事など、日本の近現代をテーマに撮影してきた。

「ぼくは学生時代、感情を排したニュートラルな視線で写すアメリカの『ニュートポグラフィー』の写真家たちにすごく影響されたんです。最初は都市の風景を延々と撮り続けた。理工系の頭だから、戦闘機とかアンテナとか、軍事的なものも好きだった。そうすると、必然的に政治的な問題とかを撮ることになるじゃないですか」

 伊奈さんは、目の前の光景を写真にすることによって、そこに何か、違ったものが見えてくるという。

「というか、見えなかったものを可視化する。(最近の新しい)天皇陵なんて、みんな見たことないでしょう。ゴミはにおいをかぐと臭いんだけど、それを撮影すると、きれいに写るかもしれないとか」

 作品を積み重ねていくうちに少しずつ気づいたのは、「タブーに抵触するものが好き」ということだった。

「禁忌といわれているもの。バグもそう。本来、起こってほしくないものじゃないですか。そういうものに価値を見い出す。そこに新しい見方が宿っているんじゃないかと」

 人は知らず知らずのうちに心の中に見たいものだけを見る「窓」をつくってしまう。

「その窓を大きく開放させたい。それによって、何が見えるか。それを見せるのが写真の面白さ。以上でございます」

(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

【MEMO】伊奈英次写真展「残滓の結晶 ~CRYSTAL OF DEBRIS~」
キヤノンギャラリー S(東京・品川)
12月17日~2021年2月3日