バノヴィチ炭鉱坑内のヤードではSLが稼働すると蒸気やばい煙でやたらと辺りがかすんでしまった。環境にいいとは言えないが汽笛で炭鉱のヤードは活気があった。ボスニア国鉄と同じスタンダードゲージ(1475ミリ)の線路がバノヴィチ炭鉱まで来ている。ここで稼働する62形は米国から持ち込まれたC形タンク機関車である。決してスタイルがいいとは言えないが小さな車体を揺らし構内を駆け回るその姿はいとおしい。62形は小運転や坑内の入れ替え専用機で重宝されている■キヤノンEOS 7D MarkII・EF100~400ミリ F4.5~5.6L IS II USM・シャッター速度優先AE・500分の1秒(絞りf14)・ISO400(撮影/都築雅人)この記事の写真をすべて見る
バノヴィチ炭鉱から20キロ先にあるオクトバ炭鉱へ空の貨車を置きに行く。途中2カ所の竪坑があり操業中だった。現在この区間はディーゼル機関車(DL)が担当しているが検査や機関車故障の時には82形SLが出場する。82形は1948年ユーゴスラビア製のD形(動輪4)テンダー(給水給炭)付き機関車。80年後半の内戦までユーゴスラビア時代にサラエボからニス(現・セルビア)間の山岳路線で活躍した狭軌用の機関車だ。燃料や給水補給の負担を少なくするためテンダー方式が採用された。隣国セルビアのモクラ・ゴラ保存鉄道で同形が動態保存されている■キヤノンEOS 7D MarkII・EF24~105ミリ F4L IS II USM・シャッター速度優先AE・640分の1秒(絞りf10)・-1補正・ISO400(撮影/都築雅人)
オクトバ炭鉱で採掘した石炭はバノヴィチ炭鉱に運ばれる。この区間は全線760ミリの狭軌軌道である。ここオクトバ炭鉱の狭軌路線で活躍しているのが82形SLである。旧ユーゴスラビアの生き残り機関車でオクトバ炭鉱でしか見ることができない。バノヴィチ炭鉱に着くとヤードに押し込まれ、スタッフが貨車の扉を2台ずつ開き石炭を落とし、下のヤードで洗浄。石炭は下で待機している1475ミリスタンダードゲージの貨車に積み込まれる■キヤノンEOS 5D Mark IV・EF16~35ミリ F4L IS USM・絞りf5・125分の1秒・ISO400(撮影/都築雅人)