つまり、アイシングは全否定されるべきではなく、時と場合を選んでおこなうことが重要だと考えられます。適応についての科学的なエビデンスはまだまだ十分ではありませんが、たとえば外傷の急性期など、明らかな炎症があるときには、アイシングを積極的におこなうことが推奨されていいでしょう。

 また、アイシングはけがの応急処置のほかにも、スポーツ障害の予防やケア、疲労回復の促進などのコンディショニングを目的として実施されています。

 たとえば、野球では、投手がピッチングの後に肩やひじへのアイシングをしています。経験的に「疲労感の軽減」など、アイシングの効果を実感する選手やトレーナーが多数いますが、その一方で明確な効果を感じないまま習慣としてアイシングをおこなっている選手もいるようです。

 最近では、プロ野球の選手やメジャーリーガーでも、投球後にアイシングをする投手と、しない投手とがいます。アイシングは、肩・ひじを酷使したことにより痛みや炎症が発生している場合に適しています。投手が痛みや熱感を感じているかをチェックして、適応を見きわめることが大切です。もしアイシング後に、投球の精度が低下する、だるくなる、動きが悪くなるといったデメリットを感じたら、アイシングをしないほうがよいでしょう。

 そのほか、アイシングは慢性疼痛のリハビリ療法でも活用されています。痛みがあると、筋肉の過緊張が起こり、スパズムと呼ばれる筋の攣縮(れんしゅく)が表れて痛みが増強することがあります。そのようなときに適度にアイシングをおこなうと、痛みとスパズムをともに減らして、筋肉のこわばりを解除したり、関節可動域を拡大したりできるため、リハビリの効果が向上するのです。

 また、全身のアイシングで疲労回復をはかる場合もあります。たとえばトップアスリートたちの中には、炎暑下での試合や練習の後や、ハードなトレーニングの終了後などに、アイスバスを利用する選手が数多くいます。アイスバスは、水温10~15度くらいの冷水を入れた浴槽に、5~15分程度つかるものです。疲労したからだのクールダウン、精神のリフレッシュなどにより、身体回復を早める効果があると考えられ、普及しています。

 以上のように、アイシングは応急処置やケアにおいて重要な手段です。適応とタイミングをみきわめて、上手にアイシングを活用し、ベストコンディションを保ちながらスポーツを楽しみましょう。

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松本秀男

松本秀男

松本秀男(まつもとひでお)/医師。専門はスポーツ医学。1954年生まれ。東京都出身。1978年、慶応義塾大学医学部卒。2009年から2019年3月まで、慶応義塾大学スポーツ医学総合センター診療部長、教授。トップアスリートも含め多くのアスリートたちの選手生命を救ってきた。日本臨床スポーツ医学会理事長、日本スポーツ医学財団理事長。

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