羽生結弦(左)と紀平梨花(右) (c)朝日新聞社
羽生結弦(左)と紀平梨花(右) (c)朝日新聞社

 華やかなフィギュアスケートの衣装は、戦いに臨むスケーターにとっては“戦闘服”でもある。自らをさらに美しく見せると同時にプログラムの世界観を表現する衣装には、選手の思いが詰まっている。

 羽生結弦は、敬愛するスケーターに衣装のデザインを依頼することでそのエッセンスを受け継いだ。シニアデビューシーズンとなった2010-11シーズンのフリー『ツィゴイネルワイゼン』、ソチ大会で一つ目の五輪金メダルを獲得した2013-14シーズンのフリー『ロミオとジュリエット』の衣装を、ジョニー・ウィアーさんにデザインしてもらったのだ。羽生は「ジョニーはおしゃれでファッションに詳しいし、彼ならではのセンスが素晴らしい」と絶大な信頼を寄せていた。「だから、『この曲を使います』と伝えて、あとはジョニーにおまかせしました」(「コンティニューズ ウィズ ウィングス」オフシャルガイドブックより)。どちらもフリルやラインストーンで華やかさを出しつつ、手足が長くしなやかな羽生のスタイルの良さを際立たせるデザイン。現役時代のウィアーさんの衣装と同じ美意識が感じられ、羽生がウィアーさんの優雅さを継承していくスケーターであることを象徴する衣装でもあった。

 今季の世界選手権直後のテレビ出演でファンからの“衣装のこだわりポイント”についての質問に答えて羽生が挙げたのは、“動きやすい”ことと“曲に合っている”こと。芸術的なスポーツであるフィギュアスケートの衣装は、まさにこの二つの要素を重視して作られている。

 浅田真央さんがソチ五輪で演じたフリー『ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番』は、今も人々の心に深く刻まれるプログラムだが、浅田さんはこの時の衣装について「スケート競技人生で最も印象に残る衣装」(浅田真央サンクスツアー公式プログラムより)と語っている。ロシアのドレスメーカーに依頼した当初の衣装は重かったため、約半分のストーンを外してシーズン前半の試合に出場。シーズン後半からは、安野ともこさん(コラソン)の制作による、重さのみ軽くした同じデザインの衣装を着用していたという。今も浅田さんがサンクスツアーで着続けている、赤や青のラインが放射状に入ったシャープなデザインの衣装は、デザインと動きやすさの絶妙なバランスの上に成り立っているのだ。トップクラスの選手が着るオーダーメイドの衣装は20万円台~と高価だが、制作時の細心の注意を考えれば妥当な値段といえるのかもしれない。

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選手自らがデザインに関わることも