大久保がなぜ妻から疎まれたのか、本当のところは妻本人にしかわからないのだろうが、たとえば、キャバレーのホステスとのエピソードにその答えがあるように、私には思えた。
「普通のタクシーは、ホステスを乗せたがらないんだな。ホステスはみんな店からワンメーターのアパートに住んでるから、メーターが出ないんだよ。でも俺は、可哀想だと思って一度も乗車拒否をしなかった。そうしたらホステスの間で評判になっちゃって、クボちゃん今度はあの店の○○子を乗せてやってよ、なんて話になるんだ。昔、曙町に十八番って朝までやってる中華料理屋があってさ、そこでホステスと一緒に飯を食ってると、クボちゃん今日はどうだった? お茶っぴきばっかりでダメさ、なんて話になるだろう。そうするとさ、昔は粋なホステスがいたんだよ、クボちゃんいまから湯河原行こうよって言うんだ。それでメーター倒して湯河原行って、駅前でただUターンして帰ってくるんだ。そうやって俺に稼がせてくれたんだよ」
こんな派手な振る舞いに痺れる大久保を、福島の農家出身の妻は、いったいどのような思いで見つめていただろうか。
■最後の砦
大久保は桜ケ丘のアパートで肺気腫が原因の呼吸困難を起こして、岡沢町の横浜市立市民病院に二度入院をした。その後に娘の手配で都筑区のグループホームに入ることになったが、そこを追い出され、ふたつ目の戸塚区のグループホームも追い出されて、寿町にやってきた。
戸塚区のグループホームでは、大久保の部屋の前を大声でわめきながら行き来する認知症の老人がうるさかったので、平手でペチっと頭を叩いたら大騒ぎになってしまったという。
施設長に向かって、「俺が本気でグーで殴ったら、このジジイは死んじゃったかもしれねぇんだぞ。こっちが手加減してやったんだ」と凄んだら、あっさり退去処分になってしまった。
ネリカン時代の面目躍如といったところだが、以来、社会人になったふたりの子供からも、もちろん妻からも何の音信もない。