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 ノンフィクションライター・山田清機氏による『東京タクシードライバー』(朝日文庫・第13回新潮ドキュメント賞候補作)。山田氏がタクシードライバーに惹かれ、彼らを取材し描き出した人生模様は、決してハッピーエンドとは限らない。にもかかわらず、読むと少し勇気をもらえる、そんな作品となった。

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 日本交通の上野俊夫(仮名・56歳)は、ある雪の日の夕方、上司と3年もの間不倫しているという30代後半の女性を乗せた。話を聞くうちに頭に血が上ってしまった上野は、女性を諭した挙句、自分と付き合えば大切にする、と勢いで告白する。1週間後、なんと女性は上野と付き合うことに決めた。その後、2人はどうなったのか?

 後編は、時間を巻き戻し、上野がタクシーに乗る前時代の話から紹介する。

※前編「タクシー運転手と客の恋…事実は小説より切ない『東京タクシードライバー』物語」よりつづく

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■月収200万

 かつて上野が在籍していた外資系企業は、事務機器のレンタルで有名な企業である。

 ユニークな経営者に憧れて入社を希望する学生も多く、同期生の大半が“早慶以上”。東京の中堅どころの私立大学を卒業している上野にとっては、少々敷居の高い会社だった。

 配属された東京の北東部、いわゆる城東地区の下町にあるその支店の取引先には、中小企業や個人商店が多かった。まだ人情のかけらがいくらか残存している街の経営者や店主たちはみな、少々粗忽なところはあるが、人なつこい性格の上野をかわいがってくれた。

「デモンストレーションといって、機械の無料貸し出しから営業を始めるんです。なんとか一週間だけ置かせて下さいって僕がお願いすると、『絶対、契約はしないからな』なんて言いながら、不思議とみなさん置かせてくれるんですよ。僕は人柄がいいから、下町受けするんでしょうね」

 下町受けをしまくった結果、上野は入社した年の新人コンテストでいきなり全国第2位という成績をあげてしまった。全国の営業所に配属された約200人の新人営業マンの中の、第2位である。

 しかし、いまになって振り返ってみれば、本当に仕事ができたのは上野ではなかったのだ。

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