名君ユステイニアヌスによる東西ローマの再統合は夢と消え、代わりにイスラムの勃興が起きた。中南米のマヤ文明、ナスカ文明の滅亡はこの時期であるし、中国では五胡十六国の騒乱、日本では古墳時代末期の騒乱にあたり、天岩戸(あまのいわと)伝説はこの低温時代とその後の復興の記憶という説もある。事実として間違いないのは、天然痘の流行と救済(悪疫退散祈願)としての仏教伝来である。

 現代では、2010年ハイチを襲った大地震の後のコレラが流行、2011年東日本大震災後の津波肺炎、そして湾岸戦争に始まる中東の動乱と多くの難民、梅毒の世界的大流行と抗菌薬耐性の世界的拡大である。

■備えよ常に

 ラブレーの時代には病原体も免疫も不明であり、消毒・滅菌も抗菌薬もワクチンもないため、医師としては古代以来の衛生に努めるしかなかったであろう。ラブレー自身、モンペリエ大学で学位をえた後はロレーヌの都市メースの市民病院の医師、王室や教会の顧問医官として働いているので、できるだけのことはしていたと思う。しかし、いかんせん16世紀の医学のレベルではできることは限られており医師としての無力感が勝っていたであろう。

 感染症に対し、我々医療者が有効な手段を得たのが19世紀から20世紀にかけてのいわゆる「医学革命」の後である。1969年には米国外科学会の泰斗スチュアートは「The time has come to close the book on infectious disease.(感染症の教科書を閉じるときが来た)」と豪語したが、その後もエイズやエボラ出血熱、SARS、新型インフルエンザ、そして今回のCOVID-19のように新興感染症は次々に人類社会を襲う。

 今回のパンデミックもワクチンの普及でようやくトンネルの出口が見えてきたが、まだ気を許すことはできないし、また、何年かの後には次の感染症が現れるであろう。さらに、台風や地震などの自然災害が来ないことを祈るばかりである。

 こうした状況で我々にできることはボーイスカウトの創設者パウエル卿の名言でボーイスカウトのモットーともなっている「Be prepared(備えよ常に)」につきるのである。

◯早川 智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など

AERAオンライン限定記事

暮らしとモノ班 for promotion
2024年の『このミス』大賞作品は?あの映像化人気シリーズも受賞作品って知ってた?