西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「二流でもかまわない」。
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【優位】ポイント
(1)「超二流は一流を超える」が野村克也さんの主張
(2)私も「二流」という言葉に親しみを感じている
(3)人生の後半において、「一流、二流」は意味がない
いまは亡き野村克也さんが書いた『超二流』(ポプラ新書)という本を読みました。
「一流の選手になるためには、生まれ持った素質や才能が欠かせない」
「だが、確かに一流にはなれないけれど、『超二流』ならば努力次第で誰しもなることができるのだ」
というのです。そして、
「私に言わせれば、単に才能だけでやっている“一流”などよりも『超二流』の方がよほど本物の一流なのではないか」
と語っています。自らのことを「二流」だと言い切る野村さんは、テスト生で南海ホークスに入団し、そこから最後は名監督になった人です。ですから、超二流は一流を超えるという言葉には説得力があります。
実は私も「二流」という言葉に親しみを感じているのです。以前、ジャーナリストの鳥越俊太郎さんと対談したとき鳥越さんが私の経歴を見て、
「先生は二流がお好きなようですね。私も二流が好きなんですよ」
とおっしゃるのです。それまでは「二流」ということを意識したことがなかったのですが言われてみて、「なるほど、そうか」と思いました。
でも、私の場合は野村さんのように、一流の才能がないから、二流を極めようというような、大層なものではないのです。どちらかというと、一流があまりピッタリこないといった感じです。
一流大学の東大に入っているじゃないかと言われるかもしれませんが、高校が進学校の都立小石川高校で、友人たちがみんな東大に行くので、それにつられて入ってしまったというのが本当のところです。医学部への進学では試験に落ちてしまいました。1年浪人して、かろうじて医学部に入れましたが、一流の医師になろうなどと思ったことがありません。友人のなかには早くから教授になることを目指して、実現させたものもいますが、私はそんな気がまったくありませんでした。地元の埼玉県川越市に帰って、町医者をやれればいいなと思っていたのです。