カリスさん(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)
カリスさん(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

 制度の仕組み上、16歳で東大に合格しながらも、18歳まで入学を待たねばならなかった。韓国の慶熙大学と東大の日本語教室にそれぞれ通い、2011年4月、理科一類に入学した。

 カリスさんは東大入学当初からAIの研究に強い関心を抱いていた。人間の脳神経回路を模したディープラーニング(深層学習)によって、AIの時代が幕開けする直前のことだ。

「人類はテクノロジーによって知を外在化し、己の人間性や文化を更新してきた。だからAIには未来がある。大学に入ったころの自分にとって、それは自明でした。今は人類史上最大かつ最後の発明の過渡期なので、その発展の一助になれれば素晴らしいと思いました」

 英語ディベート部の活動に明け暮れた4年間を経て、東大の大学院情報理工学系研究科に進学。そこで、MRIやCTなどの画像からがんなどの病変を検出する医療AIの研究を始める。イタリアで開催された医療AIサマースクールで、今も共同研究を続けるイタリア人の研究者と出会い、毎年のように海外のトップクラスの大学で一緒に研究を行ってきた。

■大学院時代に来た「兵役」の通達

 だがそこで、カリスさんに2度目の「どん底」が訪れた。兵役だ。韓国では大学1、2年のころに兵役に従事することが多いが、カリスさんはこれまで学業を理由に延期し続けていた。大学院の貴重な時間に約2年間兵役に服し、研究者としての道が閉ざされるのは避けたい。模索した結果、日本の永住権を取得すれば、兵役免除されることを知った。そのためには「高度専門職ビザ」を取得し、1年後に永住権に移行するしかなかった。

「高度専門職ビザ」は学生ではなく社会人を対象としている。しかし、研究業績を積み、「自分は前例のない天才AI研究者」であると認めさせれば申請が通るのではないかと考え、その望みに全てを賭けた。「地獄だった」と、その後の日々を振り返る。

「つねに論文の締め切りに追われていました。仮に論文がたくさん採択されたとしても兵役に連れていかれたら全部意味がない。そう思うと未来に対する不安で眠れなかったし、毎日がうつのような状態でした。でも同じことは東大受験のときも感じていた。ハッタリで、『自分は特別な人間だからできるんだ』と思い込むしかなかったです」

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「学生の申請は前例なし」と断られ…