ある雨の日、酩酊した父親から刃物で刺されそうになった。裸足で外に逃げ出し、父の興奮が収まるまで隠れながら思った。「人生に救世主なんかいない」。中学3年の冬休みに、カリスさんは学校に行くことをやめた。高校にも進学せず、高卒認定試験を受験することを決めたという。
「『死んでいるみたいに生きている』と感じる人生から脱却するには、猛勉強して未来のある新しい環境に身を置くことが、唯一の方法でした」
父は「学校に通うべきだ」と猛反対したが、絶縁して意志を貫いた。実家から1時間ほど離れたところにある部屋をネットで探し、母に契約してもらった。母から仕送りをもらいながら、約3畳の狭いワンルームで1人、勉強を始めた。
「親戚は、そんなのうまくいくわけがないと嘲笑していました。でもナポレオンは、戦争で大敗を喫し、島流しに遭った後も立ち上がり、パリで復権する。敬愛する成功者の『どん底』にいま自分はいるのだと言い聞かせていました」
勉強はどのようにおこなったのだろうか。彼は「勉強と作業は違う」と話す。
たとえば、「英単語を書いて覚える暗記法は無駄」だと気づいたというカリスさん。例文を繰り返し音読することで、単語の意味だけでなく発音と文脈もひもづけて覚えたほうがイメージとして定着しやすい。そして数日以上おいてまた音読することで、短期記憶を長期記憶に移行させる。これはのち、「科学的学習法」としてYouTube等で発信することになるメソッドだ。
こうして要領良く勉強することで、中学卒業から4ヶ月後の15歳の夏に高卒認定試験に合格した。その後は韓国のトップ、ソウル大学に行くことも考えた。
■「ドラゴン桜」で見た東大を目指す
「でも兵役のあるこの国で幸せな人生を送る自分が想像できなかった。そこで、海外に行く道を考え始めました」
みなが目指すアメリカか、それとも当時韓国でも話題になったドラマ「ドラゴン桜」で見た日本か――。検討するなかで、日本の文部科学省が韓国の高校卒業者を国立大理工系学部に招致する「日韓共同理工系学部留学生」という制度をネットで発見した(現在は終了)。面接などが必須のほかの海外大と違い、文科省が作成したペーパーテストのみで合否が決まる試験だと知り、受験を決めた。16歳の夏に合格し、東大への留学が決まった。
「750人ほどの受験者がいましたが、100人ほどが合格し、そのうち上位5番以内の人が東大に進学できるという制度でした。東大に留学できるのはよかったけれど、人生がどう転んでいくのかわからなかった。日本語もろくに話せなかったし、日本という国のこともよく知りませんでした」