戦争や貧困という理不尽な理由で人の命が奪われることに立ち向かう。支援活動は平和運動の一環だ(撮影/横関一浩)
戦争や貧困という理不尽な理由で人の命が奪われることに立ち向かう。支援活動は平和運動の一環だ(撮影/横関一浩)
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 一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、稲葉剛。学生時代から、稲葉剛は平和運動をはじめとして、路上生活者や生活に困った人への支援活動をしてきた。新宿ダンボール村の火事をきっかけに、路上から脱出して、安心して暮らせる住まいを確保することが大事だと考え方を変えていく。「住まいは人権」であると、低所得者への居住支援にも力を入れる。誰もが人間らしく生きられるように、仲間と共に走り続ける。

【写真】生活保護を申請して劣悪な無料低額宿泊所に入れられ、過密な環境に慣れず、路上に舞い戻る人も多い

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 東京・有楽町の五つ星ホテル、ザ・ペニンシュラ東京の上空に十五夜の満月がぽっかりと浮かぶ。9月下旬、道路を隔てた日比谷公園で、稲葉剛(いなばつよし)(52)は認定NPO法人ビッグイシュー基金のスタッフたちと「夜回り」をしていた。

 シャッターが閉まった売店の横の暗がりに男性が横たわっている。「こんばんは。ボランティアです。おやすみのところごめんなさい。お弁当と飲み物です。よかったらどうぞ」と稲葉が声をかける。「ああ、すみません。助かります」。男性は身を起こした。「この小冊子も」と『路上脱出・生活SOSガイド』を手渡す。稲葉が路上生活者の支援に携わって27年、少なくとも1600回は夜回りをしている。

 ときには、「帰れ!! 二度と来るな」と追い返される。貧困ビジネスの営業マンと勘違いされるのかもしれない。民間の宿泊施設のなかには、職員が夜昼なく路上生活者に声をかけ、生活保護の利用を条件に1部屋十数人の不衛生な大部屋に入れるところもある。毎月、支給された保護費から宿泊費、食費、光熱費などを差し引き、本人の手元に残るのはわずか1万~2万円だったりする。

 この夜は日比谷公園で12人に弁当を手渡せた。五つ星ホテルの窓辺で、誰かが月を眺めている。公園にはリーンリーンと虫の音だけが響き渡る。あまりに近くて遠い現実に私は言葉を失った。コロナ禍で路上生活寸前の困窮者が激増している。

「食料支援団体の炊き出しや配食に、ベビーカーを押す母親、若者、中高年、外国人、世代も性別も国籍も多様な人たちが並ぶ。いままでに見たことのない光景です。国は、生活困窮者に最大200万円まで特例貸し付けをしていますが、仕事を失って、食事にも困る人に借金を背負わせてはダメです。貸し付けではなく給付を、とずっと言ってきた。何とか最大30万円、期間限定の生活困窮者自立支援金の給付が始まりましたが、原則として特例貸し付けで200万円まで借り切った人しか使えません。とても奇妙な仕組みです。やはり最後のセーフティーネットの生活保護をもっと使いやすくしなくてはいけません」と稲葉は語る。

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