コロナで居場所を失う人
悲壮なSOSが舞い込む
新型コロナ感染症のパンデミックは、医療、福祉、経済……あらゆる分野の制度的矛盾を突く。前例主義の行政は対応が遅れ、現場でコロナに立ち向かう人との間で軋轢(あつれき)が生じた。稲葉もまた、彼が代表理事を務める「つくろい東京ファンド(以下、つくろい)」のスタッフ、連携する諸団体の仲間とともにコロナで「住まい」を失いそうな人を支え、現場のニーズを行政にぶつけて施策を変えさせている。「ネットカフェ難民」への対応もその一つだった。
2020年4月7日、最初の緊急事態宣言が発出されると、東京都はインターネットカフェを「3密」空間とみなし、休業要請を出した。知事の小池百合子は、「ステイホーム、お家にいて」としきりにアナウンスする。だが、事情があって都内のネットカフェに寝泊まりする人が推計で約4千人いた。彼らが一斉に居場所を失う恐れがある。
稲葉らは、空き家・空き室を借り上げて、シェルターとして低所得者に貸し出す<つくろい>の業容を拡大する傍ら、事前に「(ホームレスの人にホテルを借り上げて提供する)諸外国を見習い、(感染リスクを抑えるためにも)ホテルや住宅などの個室提供」を行うよう都に緊急支援の要望書を出していた(『貧困パンデミック 寝ている「公助」を叩き起こす』稲葉剛著参照)。宣言発出前日、小池は、記者会見で12億円の予算を充て、居場所を失う人が「滞在できる場所を確保する」と明言した。稲葉は、やった! 混乱を回避できる、と思わずガッツポーズをしそうになった。
ところが、都はホテル提供の広報をしない。4月9日に500室を確保して受け付けを始めるが、部屋数が足りない。おまけに緊急支援の対象を「都内に6カ月以上いる人」と絞った。「6カ月未満の人」は以前の居所がある自治体が支援するという。他県からの流入を恐れ、短期滞在者を排除したと思われる。<つくろい>のメール相談窓口には「人生詰んだ」「死んだほうがいい」「もうおしまい」と悲壮なSOSが舞い込む。ネットカフェを追われた男性が区役所で生活保護を申請すると、相部屋の民間施設に連れていかれた。マスクをしない高齢者がゲホゲホと咳込む横で眠れない夜を過ごし、食事も喉を通らず、「いますぐここから出たい」とメールで助けを求めてくる。