「心を燃やせ」――これは「無限列車編」で命を落とす煉獄杏寿郎が、炭治郎たちに遺した言葉だ。「心を燃やせ 歯を喰いしばって前を向け」という煉獄の言葉は、その後も炭治郎の心の中で「反復」され、彼らに大きな勇気をもたらす。煉獄が遺した言葉のひとつが繰り返されることによって、大きなうねりを生み出し、人々の心に押し寄せる。

<燃やせ 燃やせ 燃やせ!!心を燃やせ!!!>(竈門炭治郎・煉獄杏寿郎/9巻・第77話「轟く」)

「心を燃やせ」とつぶやくのではなく、このセリフのままに、「燃やせ 燃やせ 燃やせ!!心を燃やせ!!」と言葉を“繰り返して”読んで欲しい。この「反復」にどれだけの効果が込められているか、実感することができるだろう。

■絵で表現される「悪徳の美」

 吾峠氏の技巧でもう一つ特筆すべき点は、「美の造形」の秀逸さである。少年漫画のいわゆる「ラスボス」には強さが希求されることが多い。しかし、『鬼滅の刃』の最大の敵である、鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)は、初登場シーンから“美しさ”が抜きんでていた。

 無惨は浅草の街で炭治郎につかみかかられた時に、一瞬だけ「鬼の眼」で描かれているが、その直後には、世にもまれな美青年であることが印象づけられる。明らかに上質な洋装姿、おしゃれで、連れ歩いている妻子も愛らしい。

「鬼でありながら魅惑的である」ことは、読者を“悪への陶酔”へと引き込む。実際に、鬼滅ファンには、主人公よりも、鬼のキャラクターが好きだという人が数多くいる。人間を喰う恐ろしい存在であるにもかかわらず、惹きつけられずにはいられない。

「鬼滅」において人間の捕食シーンは、肉を喰う描写にされることもあるが、血を吸っているのではないかと思わせる場面が多々見られる。吸血鬼的な耽美さ、美しい魔物の魅力がここにある。無惨以外にも、童磨(どうま)、堕姫(だき)など、登場だけで話題となった「美しい鬼」も、ストーリーの中で“美”が重要な役割を果たしていることを示す。

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吾峠氏の天才的な物語構築力