時代に名を残す大ヒット作品となった『鬼滅の刃』。この作品が名作であるゆえんは、作者・吾峠呼世晴氏が構築する「独特の世界観」にあることは言うまでもない。魅惑的なキャラクター造形、耽美的な悪、秀逸なセリフ回し、モノローグの使い方など、名篇といわれる文学作品に通じる技巧も駆使されている。AERA dot.で『鬼滅の刃』の連載を持つ神戸大学研究員の植朗子氏が、文学研究者の視点から吾峠氏の世界観を分析した。<本連載が一冊にまとめられた「鬼滅夜話」が発売中>
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■圧倒的に多いモノローグ・セリフの秀逸さ
まず、『鬼滅の刃』の特徴として「モノローグ(独白)とセリフの多用」が挙げられる。漫画は絵で語るものという見方もあるが、セリフの多い・少ないは、作品の特徴であり、単純な優劣では語れない。鬼滅では「セリフの多さ」が特色となっているのは間違いない。鬼滅アニメ版・映画版でも、そこは実力派声優たちの腕の見せどころとなっており、彼らの名演も相乗効果となって、質の高い作品を作り上げている。
漫画では、とくに1巻の導入部分にモノローグが多く、さらに水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)の長セリフは圧巻だ。
<生殺与奪の権を他人に握らせるな!!惨めったらしくうずくまるのはやめろ!!そんなことが通用するならお前の家族は殺されてない 奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が 妹を治す?仇を見つける? 笑止千万!!>(冨岡義勇/1巻・第1話「残酷」)
冒頭から、読者は吾峠呼世晴氏ならではの「語りの世界」に圧倒される。しかもこれらは単に長いわけではなく、ひとつひとつにキャラクター特性、独特の世界観が込められている。他の漫画とは違う、良い意味での“違和感”といえるだろう。『鬼滅の刃』のセリフの数々を紐解くと、吾峠氏の叙述の才腕がよくわかる。
■「セリフの反復」による「昔話的世界観」の構築
『鬼滅の刃』は、炭焼きの一家・竈門家の悲運のエピソードから始まる。家族の殺害、化け物の襲撃、親のいない子ども、2人兄妹、人里離れた山中、というシチュエーションは、文学的に解釈すると、「昔話」的な要素に満ちあふれている。