■作品にあふれる「美」の要素
それだけではない。鬼殺隊の「柱」である、冨岡義勇の技の数々が披露された那田蜘蛛山編では、どのキャラクターよりも大きなコマが連続して描かれ、その流麗さに多くの人がみとれた。アニメでは「水の呼吸 拾壱ノ型・凪」が、美しい世界観で再現されている。他の柱たちの技も、メインキャラクターたちも、それぞれの「呼吸」の特性にあわせて、スピード感・技の正確さ・強さなどが、その“美”とともに描かれている。
■語り尽くせぬ吾峠呼世晴氏の才能
ここまで、ごくわずかな例ではあるが、叙述技巧の手法、キャラクター造形の美しさにがいかに緻密に計算されているかをみてきた。だが当然ながら、吾峠呼世晴氏の天才的ともいえる物語の構築力は、まだまだ語り尽くせない。
献身と保身、血の継承と技の相承、鬼の実存と神仏の不在など、物語の随所に読者を引き込む妙技が散りばめられている。アニメや映画はもとより、ぜひ原作の漫画で確認してもらいたい。この時代に、『鬼滅の刃』という名作をリアルタイムで見ることができる喜びを、一人の研究者としてもっとかみしめたい。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が11月19日に出版された。