
「子どもの小学校の教育を見ていても、自分の頃と全く違う。そりゃ30年前の教育じゃかなわんよな、と思うんです」
代わりに、自分にできること、この先もやれることを考え、仕事でも家庭でもあんばいがわかってきた。二十数年ぶりにピアノを再開し、15歳下の先生に習っている。それが子育ての合間の楽しみでもある。
「ファンというわけではないけど、松坂はいつもどこか気になる存在でした」
こう明かすのは名古屋市の女性。松坂選手がプロに入った頃、自分も社会に出た。そんなに好きでもない仕事を転々とする自分と、好きな野球で高額の年俸をもらう松坂選手──。
「お門違いもいいところなんだけど、嫉妬心みたいなものがあった。でも、年齢を重ねて応援したくなる存在になりました」
僕らは「スポ根」世代
松坂選手が地元の中日に入団したとき、駅からナゴヤドームまでの道に掲出される選手パネルをわざわざ見に行ったという。
「地味なチームだし、きっとプライドが揺らぐこともあったと思います。それでも入ったのがかっこいいと思いました」
昔から絵を描くことが好きだったという女性は昨年、娘が幼稚園に入ったのを機に陶磁器に絵を描く「上絵付け」の教室を始めた。「好きなものを貫く」こと、それは松坂選手を見て学んだこととも言える。
「松坂は悲劇のヒーロー」
と悔しさをにじませる人もいる。大学までサッカー部に所属した男性は「野球は詳しくないけど」と前置きして言った。
「松坂は投げすぎてダメになった感じがあります。六つ下のダルビッシュ有選手(35)=大リーグ・パドレス=らを見ていると合理的。それに比べると、やっぱり僕らは“根性”でスポーツしていた世代かもしれない。本当はもっとできたんじゃないかとの思いがあります」
(編集部・高橋有紀)
※AERA 2021年11月29日号より抜粋