2本目の漫才では、長谷川の「底抜けにバカなおじさん」というキャラクターがすでに受け入れられていることを前提にして、そのバカバカしさの火力をさらに強める戦略に出た。ネタの冒頭で、長谷川は「街中に逃げた猿を捕まえたい」と言って、長谷川と猿の格闘が始まる。

 大人向けのお笑いではなく、『コロコロコミック』に載っているギャグ漫画のような、小学生レベルのバカバカしい笑いが展開される。どこまでも本気でバカをやり切る長谷川に対して、渡辺は手綱を握るように的確なツッコミをいれていく。興奮した長谷川を渡辺が抱え込んでそっと床に寝かせるというオチも、意外性があって見事だった。

 錦鯉は、ここ1年ほどバラエティ番組に出る機会も増えていて、相当忙しかったはずだ。その中で『M-1』に優勝するためのネタを磨き上げるのは並大抵のことではない。彼らの漫才への情熱と『M-1』に懸ける意気込みが、優勝という最高の結果をもたらした。

 例年の『M-1』では、優勝者が決まった後で「なぜ優勝したのかわからない」「◯◯の方が面白かった」などと不満を述べる人も多いのだが、今年はそれがいつになく少ないような気がする。やはり、50歳と43歳の芸人の本気の涙を見せられたら、そんな些末なことにこだわってはいられないと感じた人が多かったのだろう。誰もが納得できる新王者・錦鯉の誕生を心から祝福したい。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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