撮影:木原千裕
撮影:木原千裕

 木原さんが写真に目覚めたのは、教職を目指していた同志社大学時代。

「大学3回生のとき、たまたま中古のフィルムカメラがちょっと欲しくなって、手に入れた。そうしたら、人生がすごく楽しい、みたいな感じになったんです」

 09年に大学を卒業して以来、ずっと独学で写真を写してきた。

「だから、塩竈での体験は大きかったですね。そこで私の写真が『いい』って、言ってもらえた。ああ、これからも写真をやっていっていいんだと、背中を押された。それで、ここまでやってきた」

 今回の作品は、前回の恋人の作品と対になるもので、そこに写るのは「写真を通して、そのときだけ交わった人」。知り合いではあるけれど、要するに他人だ。

「恋人って、親密な関係じゃないですか。家族や友だちも。大切な人、という思いを持って接するし、そこに向ける特別なまなざしがある。でも、私たちは日々、大勢の『他者』とすれ違いを繰り返しながら暮らしている。そんな『点』で交わった人を自分はどういうふうにとらえるんだろう? そんな疑問からこの作品は始まったんです」

撮影:木原千裕
撮影:木原千裕

■作品づくりとは関係なく始まった撮影

 今回の作品に写る女性との出会いを聞くと、17年の写真展に「たまたま来てくれた人」と言う。

 だが、最初からその人を撮るつもりだったわけではない。

「初めてお会いしたとき、『石巻から来ました』と言われて、そこで活動している写真家の話をされたんです。それで、ちょっと遊びに行ってみたいなあ、って思った」

 木原さんは福岡県在住で、石巻まではかなりの距離がある。

「でも、逆に遠いから行ってみたいと思ったんです。東北には昔、『青春18きっぷ』で訪れて以来、行っていなくて。3.11の後、どうなったのか気になった。石巻の写真家の人にも会ってみたかった。そんないくつかの理由が重なったんです」

 確かに、そう説明する木原さんの言葉からは被写体の女性への特別なまなさざしは感じられない。

 最初に石巻を訪れたのは17年12月。

「ところが、会いに行ったら、その人、ウイルス性腸炎にかかっていたんです。生活の感じや、寝ている無防備なところも撮ったんですけれど、それは作品には入れていない、幻の第1回目ですね」

 初めての訪問のわりには女性の生活にかなり踏み込んで写していることを感じる。ほんとうに作品を撮ろうという気持ちはなかったのか?

「いや、決めてないです」と、木原さんはきっぱりと否定し、「家が古い日本家屋で、そこに差し込む光がとても奇麗だったから」と、撮影の理由を口にする。

「で、せっかく来てもらったのに申し訳ないみたいな感じになって、『リベンジだ』みたいな気持ちで翌年2月にまた石巻を訪れた」

 作品が始まるのはここからで、移動中の飛行機や高速バスからの景色が写っている。

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鮮烈な春の訪れ「作品にまとめたい」