翌週、ぼくは友愛会病院に到着するなり少し髪が短くなった遠藤に声をかけた。
「それで加藤さん、どうなったんですか?」
「鈴木先生が加藤さんを説得して、デイサービスに行くことになりました」
「デイサービス?」
「はい、週に1回、高齢者を預かってくれる介護サービスです。加藤さんはお父さんと24時間一緒にいたので追い詰められていたんです。そこで1日だけでも介護から離れる時間を作ってあげることにしました」
「あの発疹は?」
「抗真菌剤でよくなりましたよ。かゆみもなくなって誠一さんは夜もぐっすり寝られているようです。あざもきれいになくなりました」
「よかった」
ぼくはもうひとつ気になっていることを遠藤に聞いてみた。
「加藤さんが鈴木先生の話をあんなに素直に聞くなんて意外でした」
「鈴木先生ってああ見えて、いろいろと気がついていることがあるんです」
「そんなふうには見えませんけど」
「気がついてるんだけど、気がついてないふりをしてるんですよね。そこが加藤さんには楽だったのかもしれない」
病院の自動ドアが開き、薄くなった髪が風でボサボサとなった鈴木が入ってきた。
「あれ、遠藤さん、髪の毛切った?」
挨拶もせず遠藤に声をかけた。
「はい」
うっすらと笑顔を浮かべ遠藤が返事をする。
鈴木は遠藤の反応を見ると満足そうに、往診道具の準備をしに奥へと消えていった。
「ほんとだ、鈴木先生、ちゃんと人間を見てる」
ぼくは鈴木に聞こえないように驚いたふりをした。
遠藤はぼくの顔を見るなり声を出して笑いはじめた。
「私、髪切ったのもう何日も前なんです」
なんだ、全然気がついてないのか。やっぱり鈴木先生は人を見ていない。
ぼくも一緒になって声を出して笑った。
人の気持ちに敏感というのは医者にとって大事な特性かもしれない。でも、気持ちに気づかれるのが嫌な場面だってある。もしかしたら、気持ちに気がつきすぎるというのは、知らないうちに気づかれている人にストレスを与えているのかもしれない。空気の読めない鈴木と、それを認め安心したように働く遠藤の気持ちが少しわかったような気がした。
難しいけれども人間って面白い。
今回のような大変なこともあるけれども、ぼくはもう少しこの”変な病院”で勤務を続けてみようと思う。
(終わり)