鈴木は人の気持ちに疎すぎる。全く興味がないと言ってもいい。今回も診断がついた発疹の答え合わせをしにいくだけだろう。それよりも誠一の息子になんて伝えるか、だ。虐待という言葉を口に出したらますます怒り出すに違いないだろう。人間は認めがたい事実を突きつけられると、時として激怒する。
加藤家の玄関前に立ち、ドアが開くまでぼくはさまざまなシチュエーションを想像していた。やんわりと虐待を聞く方法、間違って叩いてしまったなど逃げ道を残しておく方法、事実を突きつけ理屈で押し込む方法。どれもうまくいく気がせず、胸の奥のほうがぐっと重くなった。
「どうぞ」
加藤の野太い声が中から聞こえ、玄関の鍵が開く音がする。
ドアから顔を出した加藤はぼくの顔をちらりと確認し、それから鈴木のほうを見てはっとした表情を浮かべた。今まで見たことのなかった加藤の表情にぼくは正直驚いた。
「鈴木先生も来てくれたんですね」
加藤の声がいつもより生き生きとしている。
「ええ、随分とご無沙汰してましたので」
鈴木は早口でそれだけ言うと、さっと靴を脱ぎスリッパも履かずにとことこと寝室のほうに歩き始めた。
「工藤先生、いっしょにブツブツを見ましょうか?」
鈴木はそう言いながらすでに加藤誠一の服を脱がし始めている。慌てて遠藤がかけより、加藤の体位変換を手伝う。
「あー、これですねぇ。確かに工藤先生の言うとおりだ」
「こいつの言う通り?」
加藤が厳しい表情でぼくを睨む。
「工藤先生が診断をつけてくださいました。このブツブツは水虫とあざです」
「水虫とあざ?」
加藤の表情がわずかに曇る。
「そうです。なので、水虫の薬を出しておきます。水虫はこれで治るでしょう。それと」
ここで一瞬だけ鈴木の表情が完全に消えた。
「加藤さん、お父さんがかゆがるからと言って、叩いてかゆみをとっちゃだめですよ。ひっかくのも傷になって良くないですが、叩いたらあざになっちゃいます」
何事もなかったかのように加藤誠一の服を戻し、カルテになにやら書き始めた。
加藤はなにも反論をせず、ただただ父、誠一のほうを見ていた。
目にはうっすら涙が浮かんでいるようにぼくには見えた。