でも、実は私もスマホではない旧式の携帯電話を持っているのです。持つようになったきっかけは覚えていないのですが、たぶん、連絡がつかないのは困ると、持たされたのだと思います。
ところが私の携帯電話は、まず鳴ることがありません。登録した人からの着信しか呼び出し音が鳴らない設定にしてあるのです。登録は現在、病院の事務長など3人だけです。
かけることは、たまにあります。私はひどい方向音痴で、講演会場に行き着くことができずに、主催者に電話をかけることがあるのです。私の携帯電話との付き合いはその程度なのですが、最近、携帯電話の威力を感じたことがありました。
病院の設立以来、私を支えてくれた看護師長が昨年、亡くなったときのことです。彼女は内モンゴルから病院に留学してきた医師たちの面倒をよく見て、「日本のお母さん」と慕われていました。その訃報を日本に住む中国人が、私の目の前で、スマホのビデオ通話を使って内モンゴルの医師に伝えたのです。すると、急に相手の顔が歪んで、大声で泣き出したのです。内モンゴルで、彼女のために泣いてくれる医師の姿をスマホの中に見て、私は感銘を受けました。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2022年7月29日号