「1994年、おふたりは北海道の羅臼岳に登った。このとき、雅子さまはヘトヘトになって下りてこられた。それからの登山は、皇太子さまの単独がすこしずつ増えましたが」
それでも、おふたりの仲むつまじさはかわらない。おふたりで地方公務に出たときなども、こんな光景がよくあった。
「車での移動中、皇太子殿下(当時)は、雅子妃殿下(当時)に、窓から見えるたびに、『あの山はね』と、解説をなさっていました」(宮内庁関係者)
山好きの陛下を雅子さまがアシストしたこともあった。97年に陛下は、「山の花随想」と題したエッセーを登山誌に寄稿した。幼いころから山を歩き、植物に親しんできたいきさつを、家族のエピソードとともにつづった。
陛下は、エッセーに、自ら撮影した山の写真や雅子さまと撮った高山植物、おたがいに撮ったスナップを35枚もそえた。陛下が写真の選択に悩んでいたとき、雅子さまが撮った花のなかにぴったりのがあったため、共同作品になったのだという。
【「イクメン皇太子」として家族を支えた陛下/尻もちをつきそうになった雅子さま】
1999年2月。北海道千歳市の青葉公園で歩くスキーを楽しんでいたおふたり。そのときアクシデントが起きた。
雅子さまがバランスを崩して尻もちをつきそうになったのだ。さっと、雅子さまの腕をとって支えたのは陛下だった。
愛子さまが生まれると、天皇陛下はイクメンパパとして子育てにも参加した。
「三笠宮家の長男、故・寛仁親王も幼い彬子さまをおぶって歩く、元祖イクメン皇族でしたが、陛下も家族との時間を大切にするイクメン皇太子でした」(皇室ジャーナリスト)
2002年に那須のご静養中に、沼ッ原湿原を訪れたご一家。
雅子さまに抱かれた愛子さまが、手を伸ばして陛下の顔に触れる、というほほえましい光景をとらえた写真は、国民の心を和ませた。
ちなみに、このとき陛下はベビーキャリーで愛子さまを背負って散策をした。