イラスト:オカヤイヅミ
イラスト:オカヤイヅミ
この記事の写真をすべて見る

※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。

 私はもともと料理が好きではないし、どちらかというと嫌いなほうだ。なので自分で作る料理はワンパターンである。きちんとした名前のある料理、たとえばハンバーグとか、ハヤシライスとか、そういったものはほとんど作らない。

「今日は青菜ときのこをオリーブオイルで炒めて上に松の実を散らしたのと、鮭の切り身を蒸したものにしようか」

 などと、その日、家にあるものを適当に組み合わせる。同じ食事が続いても苦痛ではないので、飽きるまで作る場合もある。すべてそのときの気分である。

 ワンパターンでも味噌汁にしても、煮物、焼き物にしても、食材が変われば味も変わるので、それでよしと考えている。といっても食べるのは私1人なので、自分がよければいいわけだが、家族がいる人は他の家族の要望や、子供に食べさせたい食材もあるだろうから、いつも同じというわけにはいかず、献立を考えなくてはならない。毎日、毎日、料理好きな人でない限り、本当に大変で面倒なことに違いない。

 自営業でフルタイムで働き、お弁当を作り、週に一度だけ息抜きの外食をするという、料理好きの私の友人に、「どうして料理を作るのが好きになったのか」と聞いてみた。彼女の育った家は、お父さんが貿易会社に勤めていて、海外からの仕事相手を家に招いてもてなしていた。最初は彼らが来日した際には、有名な懐石料理、和食店などで会食していたのだが、回が重なるうちに、先方が、

「みんながふだん食べている日本食が食べたい」

 といいはじめたので、家に招くようになった。いくらいつも食べているような食事でも、お母さん1人で、家族を含めて十人分の料理を作るのは大変なので、彼女は小学生の頃から手伝わされた。

「好きとか嫌いではなくて、有無をいわさずに、あれやってこれやってって指示されるから、その通りにやっていったの。そうすると何となく手順を覚えるでしょう。だから自然と身についたのかもしれない」

 という。そして彼女が中学生の頃までそういった状態が続き、お父さんがその部署から離れてからは、家でも料理はしなくなったといっていた。

次のページ