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「死の壁」ともいわれるスイスのアイガー北壁を制覇し、グランドキャニオンをカヌーで下った。
「好きなことを仕事に」とアウトドア用品のモンベルを起業。山岳で培った力をバネに年商800億円の企業に育てたが、高みに立つと、より大きな山々が見える。目指すは「社会に必要とされる会社」。存続を懸けた挑戦は続く。
にわか仕立ての水路をカヌーが進む。プラスチックの岩山にザイルを握った子どもが挑む。10連休2日目の4月28日、横浜・みなとみらいの展示場は親子連れで賑わっていた。
「外はいい天気だというのに、秘密結社の集まりみたいな会場に来て頂き、ありがとう」
初老の男がステージから、渋い声で呼びかけた。浅黒い顔に白髪交じりの頭。登山家であり、カヌーの冒険家、そしてアウトドア用品の大手モンベルの創業者・辰野勇(71)だ。この日はモンベルクラブの会員向け「フレンドフェア」。年会費1500円を払ってモンベルの社会活動を支援するクラブ会員はいまや全国に91万人いる。
新作のウェアや野外用品、お買い得のアウトレット品が並ぶ。提携する自治体や企業が出店する「フレンドショップ」には、自然を体感するイベントや観光情報、野趣に富んだ製品が賑やかに展示されていた。
「社員たちが準備した手作りのフェアです。今日は一日楽しんでください」
辰野は挨拶もそこそこに持参した横笛を吹き始めた。四国の四万十川をカヌーで下った時に作曲した「四万十の春」。チベットを目指す道中で教わったという「草原情歌」や映画「もののけ姫」のテーマなど、旅の思い出や自然の奥深さを語りながら、一生懸命に吹いた。
「笛の音色は微妙でね。残念ながら今日はどうもノリが悪い。明日はもっとうまく吹きます」と観客に頭を下げ、ステージを降りた。そのあとカヌーの展示場に現れ、新製品の電子マシンを見つけ「挑戦だ」とばかりパドルを握った。選手が屋内で鍛える練習マシンだ。スタートの合図でぐいぐい漕ぎ、歯を食いしばってゴールイン。2分30秒。どよめきが起きた。現役選手でも2分10秒台なのに71歳のタイムとは思えない。傍らにいた日本障害者カヌー協会会長・吉田義朗(65)は「フェアを一番楽しんでいるのは辰野さんじゃないですか。笛吹いたり、マシン漕いだり。思いっきり真剣。それがあの人の楽しみ方です」。
●自分たちのほしいものを自分たちで作ろう
事故で脊椎を痛めた吉田がモンベル主催の障害者カヌー教室に参加したのは28年前。まだ個人経営を思わせる小さな会社で、土日に奈良の吉野川で開かれる教室は社長の辰野がインストラクターとして飛び回っていた。中学生だった長男・岳史(現モンベル社長)がはしゃぎながら手伝っていた。企業の支援活動というよりカヌー好きの社員やボランティアが障害者と一緒に楽しむ週末イベントだった。