樹齢数百年の巨木にムササビが生息する。土塀に囲まれ150年間シカの食害から免れた貴重な自然が奈良のど真ん中にある。ユネスコ世界遺産のバッファーゾーン(緩衝地域)であり歴史的風土特別保存地区として図書館や美術館など公共の建物さえ作れない規制がかかっていた。「ホテル不足の解消」を理由に奈良県は1・3ヘクタールの緑地を奈良公園に編入し、「公園の便益施設」として高級ホテルを東京五輪までに建設するという。部屋数30室、1泊20万円ともいわれる超高級ホテルのために厳しい規制が外された。

「行政がルールを捻じ曲げて、誰のためのホテルを作るというのか」「全く説明はなく、公表された時はもう決まっていた。やり方が許せない」。住民は怒る。

 町内の新年会にまめに顔を出すなど地域に馴染んでいた辰野がリーダーに担ぎ出された。

「行動は迅速、打つ手が早い。辰野さんが居なければ、もうホテルは建っていた」。有志の会の八木宣樹(57)は言う。
 住民を束ね、弁護団を組織、県の違法性をまとめ、文化人を集めて「奈良公園の環境を考えるシンポジウム」を開いた。作家の椎名誠(74)、夢枕獏(68)が基調講演に立ち自然と文化・歴史を語った。

「源流に長良川河口堰(をめぐる経験)があるのでは」。カヌー友達である椎名は指摘する。長良川河口堰は、大規模公共事業に「環境を守れ」「無駄な公共事業をやめよう」と人々が声を上げた草分け的な運動だった。辰野はカヌーデモに参加し指導的役割を果たしたという。

「経営者が行政に盾突くのはどうか、という指摘もあるが、住民として有権者として声を上げるのはおかしなことではないと思う」と辰野は言う。

 高畑町の住民は昨年12月、プラカードを掲げ奈良地裁前に向かった。知事を訴える住民訴訟が始まった。

 社業では、知事や市長など首長と接する機会が増えた。人口減少に危機感を募らす自治体から地域おこしへの協力がモンベルに寄せられている。

 きっかけは鳥取県大山町に開業した「フィールド店舗」1号店だった。大山町はトレッキングなど観光開発に取り組み、モンベルに応援を求めた。大山北壁はアイガー挑戦に備え、腕を磨いた思い出の場所でもある。要請を受け逆転の発想を試みた。アウトドア最前線への出店である。大山店は地域の中核になり近郊から人が集まるようになった。北海道大雪山、富士山麓、阿蘇山などにもフィールド店を出した。昨年はオホーツク海を望む人口5千人弱の北海道小清水町に出店。従来のマーケティングではあり得ない地域への出店だ。重視するのは地域が持つアウトドア事業の潜在力と自治体・住民の熱意。インバウンドと呼ばれる海外からの参加型観光が地域の努力と重なりはじめている。

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