小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)、小説『幸せな結婚』(新潮社)、対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)、小説『幸せな結婚』(新潮社)、対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)
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■夫はひたすら受け入れてくれる人

 連載の第2回で、私は高圧洗浄機体質だと書きました。水圧が高いから遠くの壁にも届いて汚れを落とせるんだけど、間近で浴びると怪我をしかねない。つまり思いや言葉の圧が高いから、家族は大変だろうと。そんな私の特徴に耐性がある夫は特異体質なんじゃないか、という話です。

 それは半分当たっていて半分外れているのだと思います。半分は事実で半分は信仰みたいなものです。

 夫と出会ったのはある仕事がきっかけでした。ディレクターと出演者のどこにでもあるようなありふれた出会いです。たった一度デートしただけで、私が向こうの部屋に転がり込みました。20代の頃は仕事に悩み、月経前症候群や摂食障害にも苦しんでいたためとにかく気分の波が大きく、そんな自分を持て余してどうしようもなくなっていました。

 交際してほどない頃、参宮橋の駅前の荒物屋の前で、当時まだ電波が安定していなかった携帯電話の通話が何度も切れてしまうのに腹を立てた私は「こんなものいらない」と電話を地面に叩きつけて壊してしまいました。派手な音を立ててプラスチックが砕けとび、周囲の人はぎょっとしてこちらを見ていたはずです。電話への苛立ちと己を恥じる気持ちでいっぱいで、周りを見る余裕なんてありませんでした。

 横にいた彼は、バラバラになった電話を黙って拾い集めてくれました。「この電話を拾うのが僕の役目だと思った」というそのときの言葉にいたく感動して「仏さまのような人だ!」と思ったのでした。

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