いつだったか、ラジオ番組である高名な絵本作家の男性にこの話をしたことがありました。すると彼は言下に「そんなことはありえない」と言ったのです。「小さな子どもがそんなことを考えるはずがない」と。私は彼の絵本が好きで息子たちにもよく読んでやっていたのですが、その頭ごなしの言い方に心底失望しました。あなたの美しくデザインされた絵と自由な言葉で綴られるあのストーリーは、では誰に向かって語られたものなのか。話しかける相手の知性を信じないで、あなたは臆面もなく作家と名乗るのか。
子どもは大人が思う以上に複雑で、よくものをわかっています。内的世界を適切な形で表現する技術が身についていないために、傍目には蒙昧に見えるに過ぎません。当時の私もまさにそのような複雑で鮮明な世界を生きていたのですが、それを人に話す必要を感じていなかったため、傍目には口を半開きにした、気の散りやすい子どもにしか見えなかったでしょう。しかし世界は絶え間なく私に話しかけ、私はそれに忙しく感応していたのです。当時お気に入りだった毛布の縁のツルツルした生地を繰り返し指でこすっては、体の奥深くに眠る性衝動の気配を確かめたように、目に映るもの全てが、私の中のさまざまな官能を揺り起こしてくれました。(続)
※『一冊の本』2018年11月号掲載
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