書籍『孤独の台所』
書籍『孤独の台所』

ランチを1500円に収めるには…

 もしかして俺が間違っていたんじゃないだろうかと思い始めたのは、入店して1カ月が経ったころでしょうか。働きながら、俺はこう問い直しました。

「お前が自分のレストランを始めたとして、出来合いのものを使わずに、これだけ店を繁盛させられるか?」

 丁寧にチキンコンソメをとって、うま味調味料を使わないドレッシングを仕込み、連日連夜お客に対応したとしましょう。頑張ってやろうと思えばできなくもないでしょうが、かなりの時間と労力をかけることになります。

 それで1日何人に対応できるのか、客単価はどのくらいかと計算すれば、ランチの値段はとてもじゃないけど1500円には収まりません。そうしたら多くのお客はイルキャンティに流れていきます。俺の店がどれだけうまかったとしても、繁盛店にならないことは明らかです。

「すーっと消えてなくなった」

 しかも、イルキャンティのオペレーションシステムはかなり洗練されています。効率的に店を回す仕組みができているから、毎日大量のお客さんに料理を提供できているわけです。俺が店を開いても、これだけのオペレーションシステムを一から開発できるのかと言えば、やっぱり無理なんです。

 お客さんが満足するものを作るのが料理人でありレストランの使命なのだと考えれば、イルキャンティのやり方は絶対に正解です。ここまで読んできてイルキャンティをバカにする人がいたら、その人は料理だけでなく、経営に関わるあらゆることに向いてない。手際よくスパッと作れる上にお客さんが喜んでくれるのなら、それの何が悪いんでしょうか。

 凝った料理が食べたければ、いくらでもいい店はあります。ただし客の側ももっとお金を払って、コストをかける必要がある。あらゆる店に同じレベルを求めてはいけない。

 もう、そう考えればよくないか?

 そのとき、自分のなかにあった「レストランは手間暇をかけるべき」「うま味調味料は悪」といった凝り固まった価値観は、すーっと消えてなくなっていきました。

(リュウジ・著『孤独の台所』では、うま味調味料を否定する人への意見、料理への意識が高すぎる社会への疑問、うま味調味料をレシピに取り入れる真意などについても語っている)

孤独の台所
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