
人気イタリアンレストランの「イルキャンティ」。料理研究家のリュウジ氏は、かつて料理人修業のためにこの店に勤め、3カ月で辞めたという。一体、何があったのか。料理への信念や独自の仕事論を語りつくした最新刊『孤独の台所』(朝日新聞出版)より、一部を抜粋してお届けします。
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ホテルで社会人経験を積んだあと、もうサラリーマンはやめようと思いました。
どんな職場でもそれなりに理不尽なことはあるだろうけど、どうせ理不尽なら好きなことをやったほうがいい。それなら料理をやりたい。
そう意気込んで入ったのが「イルキャンティ」です。求人広告を見つけて、好きなイタリアンの店だったからここに決めました。
そのときは漠然と、将来的には自分のレストランを開きたいと夢見ていました。だから大きな店で勉強しておくのも絶対に良い経験になるはずだ、と思っていました。
でも、それは大間違いだったんです。
この店での経験が、大きな挫折になりました。俺の理想なんてまったく通用しないんだと思い知ったんです。
料理とは何か、経営とは何か、オペレーションとは何か、効率とは何か……。
俺はすべてにおいて甘かった。
結局、たった3カ月で辞めてしまうんですが、ある意味では人生において最高に濃密な3カ月間でした。
体力的にギリギリ
イルキャンティは1日のランチで100人ぐらいのお客さんをさばく、大きな店です。俺は最初からキッチンの担当になって、ランチタイムやディナータイムの忙しさを経験します。
キッチンは、ピークタイムでも3〜4人の少人数で回していました。当時、ランチは単価がだいたい1500円前後で、パスタ、パン、例の人気ドレッシングを使ったサラダがセットで付くといったメニューが基本でした。
ロングのシフトに入った日は、朝は9時出勤で、終わるのは深夜の日付が変わるころ。片付けまで入れるとこれが普通でした。夕方から出勤する日もあったけど、帰りは変わらない。朝から働く日は、さすがに体力的にギリギリでした。