
観る人が一つになれる舞台を目指す
2月はじめ、日本の地方劇場である「犀の角」と共同制作した舞台『羽衣』がサヒヤンデ劇場で上演された。ないと天に帰れないという羽衣を地上に忘れた天女。その天女を好きになってしまった漁師が、羽衣を隠してしまう――という日本の『羽衣伝説』をもとにした舞台である。
日印の劇場は、両者と関わりのあるダンサーの山田せつ子さんを通じて2020年に出会い、観客が一体となれる舞台を目指してきた。
上演の日に劇場を訪れると、開始時刻が近づくにつれて地元の人が集まり、庭で振る舞われるチャイを片手にそれぞれ談笑していた。真っ赤なドレスを着た女の子、ポマードで髪をなでつけて誇らしげにする男の子。インドの伝統衣装・サリーを美しく着こなす母娘や、ドーティと呼ばれるスカートをはいた先住民族らしい男性もいた。
ポイン、ポインポイン……。
舞台が始まると、イダッキャというインドの打楽器のユーモラスな音が聞こえてきた。漁師役のインド人俳優・カピラ・ヴェヌさんはケーララの古典舞踊の踊り手でもある。天女に扮した日本人俳優・美加理さんの動きは、歌舞伎や相撲を思わせた。インド人の歌い手・ビンドゥマリニさんの透き通る歌声は伸びやかに響き渡り、遠くで獣の声と混じり合った。
「わからなさ」があるから、わかり合おうとする
上演した3日間で訪れた観客はおよそ230人。8割は地元の人だ。インド人同士でもそれぞれ異なる言語を母語とする創作メンバーと、日本人。小さな子どもからお年寄りまで、私を含めたさまざまな背景の制作陣と観客が、文化的、政治的な差異を超えて、目の前の舞台に釘付けになった。
公演が終わって数日後のことだ。早朝に物音がして起きると、台所に先住民族の男性が突っ立っていたという。サトコさんが驚いていると、男性は「(公演が)最高だったよ」とおみやげを手渡してくれたそうだ。
「先住民族の人の言葉がわかるんですか?」と尋ねると、「込み入った話はわからないんですけどね」と前置きして続ける。
「言葉がわからないところにずっと身を置いていると、なんとなく分かるようになるんです。お互いにどうにか分かり合おうとしてるところもあると思います」
わからなさが前提にあることで、わかり合おうと努力する。距離があるからこそ生まれるその姿勢に、サトコさんは魅力を感じているのだろう。
自分と異なる存在に助けられて生きている
日本でシャンカルさんに出会ってからおよそ25年。中年にさしかかった今、サトコさんはシャンカルさんとの距離感についても見つめ直しているという。
「シャンカルと共に歩んできた演劇人生について考えると、これは『誰の』夢なんだろう、とドキッとすることがあります。でも劇場を拠点とする暮らしの中で、シャンカルという存在をきっかけとして、自分の生き方を模索してきたのだと考えられるようになりました」
他者との関係性をはかることで、サトコさんは自分の存在を確かめているのかもしれない。眼の前で起こることを誰のフィルターでもなく、自分のフィルターを通して見たいのだ。
インタビューの最後に、幼い頃、「いい風がふいたらそれを逃さないように」と母に言われたことを教えてくれた。その言葉どおり、サトコさんは縁や出会いを大切にして、インドの山奥にたどりついた。
「生まれ育ったところではない土地で暮らす経験や、自分と違う人たちとの関係性が、自分自身を開き、柔軟にしてくれます。自分と異なる存在から持ち込まれるあらゆることに助けられているんです」
その生きざまはまるで、鶴留聡子という演劇作品をつくっているかのようだ。
(フリーライター:ざこうじ るい)