
同様の葛藤は、実は医療現場からも聞かれている。例えば、凍結した卵子を、何歳まで治療で使って良いのかという点。卵子凍結の場合、原則的には45歳か50歳までを保管期限=治療で使う年齢の上限とする医療機関が多いが、法的な規制が存在しないため、例えば50歳を超えても保管自体はできてしまうし、物理的には凍結卵子を使用することもできる。不妊治療も然りで、いくら確率が低いとはいえ、本人が「治療をやめる」と言わない限りは、例えば50歳を超えても治療を続けられる環境があるのが今の日本の実態だ。長年、不妊治療に携わってきた医師は言う。
「今、卵子凍結を含む生殖医療に関連する法律や制度などのルールが不在ゆえに、あらゆる判断が各医療機関に委ねられています。患者さんの気持ちも大切にしたい一方で、どこまで本人の希望を聞いて良いものなのか悩ましいのです」
無論、医療技術の進歩は喜ばしいことだ。だが産むのを先延ばしにできる技術は、必ずしも喜ばしいことばかりとは言えない。早産、流産、障害のある子どもが生まれる確率が高まるなど高齢出産のリスクそのものは変わらないし、仕事上での責任ある立場と子育てとの両立、親の介護と育児の時期が重なるなど、高齢出産からの子育てが自分を苦しめるリスクにもなりうる。凍結卵子を使って40歳で出産した女性は、「“まだ産めるはず”と期待し、凍結していることに安心しきって無為に時を過ごさないで」とも訴える。不妊治療や卵子凍結が、身体的にも精神的にも、そして金銭的にも負担がかかりがちという側面も見逃せない。
こうしたリスクや負担を知った上で、何を選ぶかは個人の自由だ。産む選択肢もあれば、もちろん産まない選択肢だってある。後者についての心の内を明かすのが、結婚して今年で7年になる37歳の女性だ。
「これだけ少子化対策が叫ばれるようになると、子どもを産まないでいることに、肩身の狭さや生きづらさを感じてしまう」