現在は測定器の普及により、乳酸値を練習に活かすアスリートは珍しくなくなった。八田教授は、「偉そうに言えば、乳酸の活用法を日本に広めたのは私かなと思います」と、控えめに胸を張る。
古川選手は「どこか抜けていて面白いやつ」?
しかし、東大が箱根に出場したのは、後にも先にも84年の1回だけ。八田教授にとって、箱根は長らく「見るだけの大会」だったが、近年は学生連合メンバーに選ばれる学部生の選手が出てくるようになり、沿道での応援にも熱が入った。そして今年は初めて、大学院生である古川選手が選抜された。
八田教授によると、古川選手は「すごく真面目だけど、どこか抜けていて面白いやつ」。昨年10月の箱根駅伝予選会では、本番前にコーヒーを買いにコンビニに寄り、あわや遅刻するところだったという。
レースが始まると、序盤から飛ばして一人でアフリカ人選手たちに食らいついた。このペースでは、早々にスタミナが切れて脱落する。誰もがそう思ったが、古川選手は最後まで持ちこたえた。
「初めは、あいつまたバカなことをやりやがって! と慌てましたよ。でも、彼の今年の箱根に対する執念を思い知りました」(八田教授)
古川選手は2022年と23年の箱根駅伝でも学生連合入りしたが、当日の出走メンバーに選ばれず、24年は学生連合チーム自体が編成されなかった。諦めきれずに博士課程の卒業を1年延ばし、ようやく箱根への切符をつかんだ。
その念願の大舞台で、八田教授は古川選手から“給水係”をお願いされた。大学院チームは学部チームと違って人数が少なく、当日はみな交通整理に駆り出されてしまい、他に頼める人がいなかったのだという。八田教授は市民ランナーではあるものの、不安をぬぐえなかった。