■ファンの期待壊さずに
宝塚ホテルの新規開業に先立つ07年、東京で同社が開業した「レム日比谷」で支配人に抜擢(ばってき)されたのは、元・宙組娘役の貴柳(たかやぎ)みどりさん(56)だった。貴柳さんも在団中は副組長として、責任ある立場を全うしていた。
いずれのホテルも宝塚の公演がある時は、館内がファンで埋まる。その期待を壊すことなく、誘導やクレーム対応を行い、夢と現場の架け橋になるのは、まさに組長、副組長の仕事だ。
「お客さまに頭を下げることは身についていますし、ロビーに人が立て込んだ時も、『みなさま、こちらにお並びくださいませ』と、セリフのようにすっと言葉が出てきます」と、貴柳さんは余裕の笑みを見せる。
■医療系の大学に進学
2人はOGが出演するホテルのイベント企画でも、ネットワークを生かして貢献。憧花さんは退団後に大阪芸術大学で音楽理論を勉強し、貴柳さんは日本舞踊師範の腕前で、NHK大河ドラマの所作指導に携わる。宝塚で身につけたスキルは、ライフワークにもつながっている。
阪急の傘の下だけでなく、個人で自分ならではの道を開拓していく人も、もちろんいる。
元・花組男役の鳳真由(おおとりまゆ)さん(36)は「路線」と呼ばれる人気スターだったが、16年に「思い残すことはない、やり切った」として退団。18年に以前から関心のあった医療分野を学ぶために、国際医療福祉大学に入学した。卒業論文のタイトルは「医療者と表現者のパフォーマンスにおける共通点」。心臓外科医や元トップスターへのインタビューを通して「統率の取れたチーム」「一体感」「没入感」というキーワードを見いだした。鳳さん自身、医療の勉強とともに、OG関連の舞台やトークイベントへの出演など、宝塚で培ったタレントを発揮してフリーランス活動を展開している。卒論のキーワードは、医療と舞台という、一見無関係な世界をつなぐ自分の拠(よ)り所にもなっている。
今回、話を聞いたOGたちには、相手の話をきちんと聞き、要点を的確にまとめて、滑舌よく返すという高度なコミュニケーションの力が共通していた。転職がすでに当たり前になった現在、宝塚という特別な世界にいた人たちも、感性、実力、適応力、コミュ力を武器に、次の居場所を切り開いている。その姿は企業社会とも地続きだろう。
※AERA 2023年4月17日号